第1章ー17
4月3日、「ミヒャエル」作戦は終末を迎えようとしていた。
「ミヒャエル」作戦に参加していた独兵の多くが英仏軍の追撃の前に敗走していた。
独陸軍航空隊は、何とか戦場の制空権を確保して、英仏軍航空隊の地上攻撃を阻止したり、逆に英仏軍の戦闘機隊の妨害を排除して、連合軍の地上部隊を攻撃したりして、独兵の敗走を秩序だった撤退行動に変えようと努力していた。
しかし、英仏側の見立てでは4対1、独側の見立てでは3対1の数的劣勢に陥っては、ランチェスターの法則が徐々に冷酷に働きだしつつあった。
「落としても落としてもキリがないな」
リヒトホーフェン大尉は同日の朝、ウーデッド中尉に言った。
「何としても独兵を助けようと奮戦しているが、こちらが相手の半分以上の数で、英仏軍の航空隊と戦える時は、自分は助かった気さえする現状だ」
「全くです。数的劣勢にあったら速やかに逃げられればいいのですが、逃げては地上部隊の支援ができませんし」
ウーデッド中尉も言葉を返したが、疲労の色が濃い。
連日の死闘は、第一戦闘航空団の搭乗員に過労を強いており、一部の搭乗員の中には、搭乗機に出撃前に故障が発見されることを内心で望む者さえ出るようになっていた。
「あれは」
思わず空を見上げたウーデッド中尉は、言葉を途中で切った。
赤い丸を付けた航空機が単機で飛んでいる。
ということは、ウーデッド中尉が思いを巡らせていると、リヒトホーフェン大尉が先に言葉にした。
「日本軍の航空隊だ。どうやら偵察行動に来たようだな。とうとう彼らも来たか」
リヒトホーフェン大尉は闘志を秘めた声を上げた。
「ちゃんとエンジンを絞ってくださいよ。我々を旧式のDH4と誤解させたいのですから」
草鹿龍之介中尉は、大西瀧治郎中尉に言葉を掛けた。
「分かっている。これが大事な任務と言うことをな」
大西中尉も言葉を返した。
山本五十六少佐は、第一戦闘航空団が展開している飛行場爆撃を、日本海軍航空隊がさも計画しているように、独軍に見せかけるのを第一段階の計画としていた。
大西中尉と草鹿中尉のコンビが単機偵察行動を行っているのはこのためだった。
「写真はきっちり撮れたか」
「撮れました」
「良し、帰るぞ」
本当に敵飛行場に対する航空偵察行動を行い、写真を撮って行くという念の入れようだ。
明日の本襲撃に独軍が引っかかってくれ、と二人は共に願った。
「今朝、日本軍航空隊の所属機が本飛行場上空で偵察行動を行った。おそらく日本海軍航空隊は、本飛行場に対する空襲を計画していると思われる」
リヒトホーフェン大尉は、部下全員を集めて訓示した。
「積極的に迎撃しますが、それとも」
リヒトホーフェン大尉の実弟、ロタール・リヒトホーフェン中尉(以下、「ロタール」と表記)は、兄に問いかけた。
「言うまでもない。積極的に迎撃する。ヴェルダン上空で散ったベルケ少佐やインメルマン中尉達の仇を討つ好機だ」
リヒトホーフェン大尉は断言した。
「結局、戦闘機隊が16機、爆撃機隊が32機ですか」
4月4日朝、愛機の新型DH4に乗り込みながら、草鹿中尉は残念そうな口ぶりで、大西中尉に声を掛けた。
「後何機か飛ばせないこともないが、編隊を組む関係上、山本少佐の判断で出撃見送りとのことだ」
大西中尉も内心に残念な思いを秘めているのか、声音が複雑だった。
「独軍は掛かってくれますかね」
「掛かってほしいがな」
2人は、他の搭乗員達と共に、独軍飛行場に向かった。
独軍の航空監視哨は、日本海軍航空隊が大編隊で飛ぶのを発見し、直ちに警報を発した。
「よし、全機発進せよ」
リヒトホーフェン大尉は、第1戦闘機航空団で出撃可能な30機全機に出撃を命じた。
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