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第1章ー16

「リヒトホーフェン大尉率いる第一戦闘航空団を叩くですか」

 まず、吉良俊一中尉が声を上げた。

「不可能とは申しませんが、難しいことを言われますな。私でもレッド・バロンと単機格闘戦では勝てるとは思えませんな」


 吉良中尉は日本のトップエースを草鹿龍之介中尉と争っていた。

 もっとも、草鹿中尉が専ら大西瀧治郎中尉の後席に乗っているのに対し、吉良中尉は戦闘機乗りと言う違いがある。

 本来、草鹿中尉がそんな撃墜数を上げているのがおかしいのだが、何かあったら、爆撃機乗りなのに戦闘機に挑む大西中尉のせいで、草鹿中尉はトップエースに近い存在になっていた。

 大西中尉に言わせれば、背中を斬られるくらいなら向う傷を受けて死ぬべき、死中に活を求めるべきだという意見なのだが、誰も言わないが、それはお前の極論だ、と草鹿中尉も含めて内心で思われていた。

 それで、生き延びられているのは、大西中尉の操縦の腕と草鹿中尉の射撃の腕の絶妙の組み合わせによるものだった。

 その海軍のトップエースでも難しいと認めざるを得ないのが、第一戦闘航空団を叩くという任務だった。


「あの部隊は独軍の航空隊でもエースを集めた精鋭部隊と聞いております。どんな方策を考えておられるのですか」

 吉良中尉と同様に戦闘機隊所属の寺岡謹平中尉も声を上げた。

「我々が使用している航空機は何だ」

 山本五十六少佐は楽しげに言った。


「戦闘機がスパッド13、爆撃機がリバティエンジンを搭載した新型のDH4ですが」

 大西中尉が声を上げた。

「新型のDH4は、一撃離脱専用の戦闘機として使えないのか」

 山本少佐は言った。

「それは使えますが」

 そこまで大西中尉は言った瞬間に、自分で気づいた。

「爆撃機ではなく戦闘機として使う。囮戦術ですか」

「そうだ」

 山本少佐は楽しげだった。


「博打として、初歩的なことだ。相手の思い込みを逆用して、勝ちを収める。地上を攻撃する爆撃機とそれを護衛する戦闘機の集団と見せかけて、実は戦闘機の集団という訳だ」

「汚い手段ですが、効果的ですな。爆弾を積んでいない新型DH4なら、400馬力エンジンに物を言わせた縦機動を存分に駆使すれば、独軍の主力戦闘機アルバトロスD5と互角に戦えます。何しろあいつには180馬力エンジンという非力なエンジンしか積んでいませんから」

 山本少佐と大西中尉は会話した。

 周囲も納得の声を上げだした。


「爆撃機を護衛しているから、戦闘機も動きが鈍いと襲撃する側は考えて襲い掛かるが、こちらは戦闘機の群れという訳か」

「新型DH4ならではの戦術だな。それに、いざとなれば逃げだすことができる」

 搭乗員達は口々に会話を始めた。


 日本側の戦闘機も爆撃機も、独の戦闘機よりも優速で200キロ以上の最高速度を誇る。

 一方、現在の独には200キロ以上出せる戦闘機は存在しない。

 格闘戦を何としても避けて一撃離脱戦に徹する必要はあるが、日本軍機は独軍機から悠々と逃げられるのだ。


「そして、我々はチームプレーに徹するという訳だ」

 山本少佐は更に続けた。

 弱者の戦法と言わば言え、2機1組、2組4機編隊を組んで、相互に支援し合う空戦法を日本海軍航空隊は欧州の空で磨き上げてきた。

 この空戦法で、独陸軍航空隊とヴェルダン以来、まともに渡り合ってきたのだ。

 山本少佐の発言は、その経験に裏打ちされたもので、歴戦揃いの搭乗員達も納得のいくものだった。


「それなら第一戦闘航空団を叩くのも可能だと思われます」

 吉良中尉が搭乗員達を代表して言った。

 周りも納得して肯いている。

「我々は大戦果を挙げ、日本海軍航空隊ここにありと言うのを示そうではないか」

 山本少佐はそう発言して、会議を締めくくった。

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