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第1章ー12

 表面上は独軍の快進撃は続いた。

 3月23日には、いわゆる「パリ砲」の射程圏内まで独軍は快進撃を果たし、「パリ砲」を独軍は設置した。

 独軍によって設置された「パリ砲」は、約160キロ離れたパリ市街に100発以上の砲撃を浴びせた。

 パリの市民の中には、パリ市から脱出を図る者さえ出だした。

 どう見ても独軍は圧倒的な勝利を収めつつあるように見えた。

 

 だが、最前線の独兵は逆の想いを抱きだした。

「我々の無制限潜水艦作戦により、英仏軍は我々と同様に物資欠乏にあえいでいるはずでは?」

「これを見る限り、独軍上層部は我々に嘘を吐いていたな」

 最前線の独兵は思い思いに似たような会話を交わした。


 独は、英仏等の連合国による海上封鎖により物資欠乏にあえいでいた。

 それを最も感じていたのが、最前線の兵士だった。

 必要な物資は大抵、遅れて届いた。

 場合によっては、全く届かないこともしょっちゅうだった。

 もっとも優遇されるべきはずの最前線の部隊の兵士に届くはずの補給が届かない。

 ちゃんと鉄道等の補給線は通じているのにだ。

 物資が足りないということは、独は負けつつあるということだ、最前線の兵士の多くが内心で思っていたが、英仏も同様に物資の欠乏にあえいでいるという上層部の話を表面上は信じていた。

 だが、「ミヒャエル」攻勢によって、その嘘が大々的にばれてしまった。


「英軍の物資は溢れかえっている」

「この肉の缶詰。俺は1週間ぶりに見た気がする」

 最前線の兵士は、更なる前進をするよりも、英軍が残置した物資の略奪に走り出した。

 兵士にも言い分があった。

 英軍の物資を入手しないと空腹で前進が困難なのだ。

更に浸透戦術の欠点が兵士には顕わになり出した。


「小隊長、ハンスが重傷です。後送すべきでは」

「師団長から厳命されている。負傷者の後送は一切許さず、その場に捨て置け、とのことだ」

「そんな。せめて、後続部隊にハンスを託していきましょう」

「後続部隊も見捨てざるを得ない。我々にとって負傷者を後送するには許されない事なのだ」

 似たような会話が各所で交わされた。


 当時の浸透戦術は、当時の兵站技術を完全に無視することで成立していた。

 急速に突撃部隊は前進せよ、後続部隊が取り残された敵軍を殲滅していく。

 これが浸透戦術の基本だったが、その代償として、突撃部隊は負傷者を切り捨てて、空腹を抱えて前進することになっていたのである。

 何しろ、補給拠点から最前線へは、馬車なり人力で補給物資は運ばざるを得ない。

 また、救急車等がほとんどない以上、負傷兵を後送しようとしたら、健全な兵を同数以上付けて、負傷兵に肩を貸すなり、担架で担ぐなりして後送するしかない。

 そんなことをしていては、浸透戦術は成立しないのだ。

 だから、浸透戦術の先鋒を務める突撃部隊の最前線に補給物資は届かないし、負傷兵は見殺しにするという地獄が現出するのである。


 最前線の独兵の士気は「ミヒャエル」作戦発動から3日後には急降下を来たしていた。

 自分が負傷したら見殺しにされる、そして、上層部からは更なる前進命令が下るが、自分は空腹を抱え、着る軍服は安物の再生毛織物という現実がある。

 それならば、少々の略奪行為は止むを得ないことではないか、略奪した物資により空腹を満たそう、そして、私腹に入れよう、最前線の多くの独兵がそう考えて、略奪行為に走り出した。


「最前線の独兵が、略奪行為等でほとんど動かなくなっています」

 真っ青になって、マンシュタイン大尉は、フティエア将軍に報告した。

「いかん」

 将軍も真っ青になって言った。

「英仏軍の大反攻が始まったら、我々はおしまいだ」


「さて、数倍にして報復するか」

 林提督は魔王のように笑った。 

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