エピローグー4
土方歳一少尉は、祖国日本から届いた手紙を11月末に読み返していた。
その手紙には、自分の初めての子、長男、勇が無事に育っていることが書かれている。
勇、このまま無事に育てよ、我が土方家の跡取りにして、海兵隊きっての名門の世継ぎとして、土方少尉は、口には出さずにそう願った。
1年に満たない実戦経験ではあったが、土方少尉は(事前の自らや周囲の予想よりも)余りにも凄まじい実戦経験をしていたこともあり、どれだけの修羅場を潜り抜けてきた軍人なのか、と周囲が勝手に察してしまうほどの雰囲気を纏う軍人になっていた。
土方少尉は、仏に到着してから今に至るまでの軍人経験を思い起こした。
仏に到着してからは、いろいろと世界大戦で生じた新兵器や新戦術に学ぶのに自分は必死だった。
自動車の運転、整備方法や毒ガスの対処方法、航空機との連携の重要さ等々、海軍兵学校で学んでいた海兵隊士官としての教育が、世界大戦によっていかに時代遅れの代物にこんな短期間でなっていたのか、とさえ思う日々だった。
だが、それらの衝撃さえも、自分が8月から最前線に赴いてからの日々の衝撃を想うと、小さなことに思える。
自分が最前線に赴き、戦車と実地に連携して戦う事態になった時、こんなことが本当に起こるなんて、と内心で驚愕したことを思い出す。
また、インフルエンザで自分や部下や同僚が倒れてしまった日々を、自分は思い出す。
一時は、自分自身が周囲の見当識を完全に失うほどの重体だった。
父、土方勇志少将は、フランスにいるにもかかわらず、公私のけじめを付けねばならない、と言って、自分の見舞いには来なかったらしい。
軍人として当然の事と言えば、当然の事なのだが、自分は回復した後で、父の厳しさをあらためて痛感する羽目になった。
そして、インフルエンザで最終的に50人余りの部下の内10人以上、全体の3割近くが三途の川を世界大戦の終結までにわたる羽目になった。
8月以降の実際の戦闘自体は、自らの所属する日本海兵隊は順調に進撃する日々だった。
ベルギー解放軍の先鋒の一員を務め、米軍とも共闘した。
最後には、世界大戦終結までにベルギーの首都ブリュッセルを取り戻し、ベルギー国王アルベール1世が無事に入城式を執り行うことにぎりぎりだったが成功することが出来たのだ。
戦死者も思ったより少なくて済み、自分の部下3人が戦死するだけで済んだ。
土方少尉は、本当はもっと心を痛めるべきかもしれない。
だが、世界大戦の経験が、ある意味、土方少尉の精神を麻痺させていた。
土方少尉は、いつの間にか自分の世界に入り込んでいた。
だが、その世界を破る存在がいた。
「初孫の勇は、無事に育っておるか」
土方少将が、いきなり長男の土方少尉に声を掛けたことで、土方少尉の世界は破られた。
「父上」
土方少尉は、慌てて父を向き、思わず敬礼した。
「どうした。今は私の時間だ。そんなに堅くなるな」
土方少将は慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「どうして、ここに」
土方少尉は動転して、父、土方少将に問いただした。
「うん、戦争は終わり、祖国日本へ間もなく帰れるのだ。息子の下を訪ねるくらい、許されるだろう」
土方少将は言葉を紡いだ。
その言葉を聞いて、土方少尉は顔を綻ばせた。
「それにしても、いろいろあったようだな。顔が荒んでおる。部下を大量に失ったようだな」
「ええ」
父の問いかけに息子は答えた。
「何とかならなかったものか、と考えてしまいます」
「月並みな言い方になるが、自分もそうだった。日清戦争以来、今回の戦争までな」
父は、息子を諭した。
息子は、父を見かえした。
「だが、やれる限りのことをやるしかない」
「そうですね」
父子は会話した。
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