第5章ー45
11月10日昼、元気のあるブリュッセル市民は喜色に溢れていた。
ベルギー国王アルベール1世が帰還してきたのである。
ベルギー近衛師団が警護している中、アルベール1世が市民の前に姿を現すと、市民は大歓声を挙げ、涙を流して歓迎した。
「ようやく帰ってこれた」
アルベール1世も溢れる嬉し涙をこらえることが出来なかった。
ブリュッセル市街は無防備都市宣言の効果もあり、ほぼ破壊から免れており、王宮も無事だった。
アルベール1世はブリュッセル市民の歓呼の中、王宮へ無事に帰還した。
一方、ベルギー解放軍は独軍への追撃をなおも行おうとしており、また、独軍も抵抗しようとしていた。
「もう戦争が終わろうとしているのだから、ここまで戦闘を行わなくても」
と土方歳一少尉等、一部の将兵は思わなくもなかったが、多くの将兵が最後まで戦闘の手を緩めるつもりは無かった。
それくらい4年間の死闘は、お互いの将兵の心に傷を残していたのである。
だが、思わぬ伏兵がベルギー解放軍の追撃を阻んだ。
「やられたのお」
その3日前、同月7日に補給担当の参謀の報告を受けた林忠崇元帥は飄々と言った。
ブリュッセル市が無防備都市となり、そこの市民の生活物資を英仏米日側が担うことになってしまったことから、ただでさえ、苦しんでいたベルギー解放軍の補給に致命的な一撃が与えられてしまったという報告を受けたのである。
ブリュッセル市は、また、インフルエンザに本格的に襲われた都市の一つでもあり、そのために欠乏していた医薬品等も送り込む必要があった。
こういった負担が、ベルギー解放軍の足を止め、独軍の退却を容易にした。
「かといって、ブリュッセル市民の生活物資や医薬品等を、我々が送り込まないわけには行きませんからね。独軍にしてやられましたな」
総参謀長のペタン将軍も苦笑いしてしまった。
「仕方ないのお。ブリュッセル市民に十分な物資を送り届けられるまで、追撃中止命令を出せ」
林元帥は、追撃中止命令をやむを得ず出した。
「おそらく、追撃再開の前に休戦することになるだろうな」
林元帥は、半分独り言を言い、横でペタン将軍も肯いた。
11月11日午前6時、ベルギー解放軍司令部と独第18軍司令部それぞれに、ほぼ同時に独と連合国の間で休戦協定が成立したとの一報が入った。
午前11時を期して休戦が成立するというのである。
直ちにお互いの隷下にある部隊にその旨の連絡がされることになった。
「まさか、休戦まで読んでおられたのですか」
休戦協定締結の連絡を受けた後、マンシュタイン大尉は思わずフティエア将軍に尋ねていた。
将軍は苦笑いの表情を浮かべながら言った。
「単なる偶然だよ。ブリュッセル市への補給をやらせることで、ベルギー解放軍の追撃を振り切ろうとしたのは事実だがな」
マンシュタイン大尉は、内心で思った。
そういうことにしておきましょう、見事な読みです、お蔭でほんの僅かですが、多くの将兵が家に帰れそうです。
「畜生、ベルギー全土から独軍の糞野郎を追い出せると思っていたのだが」
同様の連絡を受けた後、パットン大尉は、そうぼやいて、更に指揮下にある戦車中隊に命じた。
「午前11時になる寸前まで前進して、独軍の糞野郎共に砲撃を浴びせろ。午前11時までは構わんのだ」
「前進中止。警戒態勢を取れ。午前11時で休戦協定が発効される以上、前進の必要はない」
同様の連絡を受けた土方少尉の上官の北白川宮大尉は指揮下にある海兵中隊にそう命じた。
土方少尉は直ちにその命令に従うことにした。
戦争は間もなく終わるのだ。
午前11時が来た。
その瞬間、全ての銃砲声がベルギー解放軍の最前線で止み、その静けさが平和の到来を告げた。
第5章の終わりです。
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