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第5章ー44

 世界大戦終結の時が徐々に近づいていたが、林忠崇元帥を司令官とするベルギー解放軍は、戦争終結の最後の瞬間まで前進しようとしていた。

 ブリュッセルを解放して更にベルリンに英仏米日白の5か国の国旗が翻るか、ドイツが完全な休戦を受け入れるかするまでは、前進を止めるつもりがベルギー解放軍の多くの将兵には無かった。


「最後まで気を緩めてはならん。西南戦争や日露戦争でそう教わったからな」

 林元帥もそう言って、部下を鼓舞した。

 それに、そもそもベルギー軍が、前進を止めようとしなかった。

 彼らにしてみれば、祖国ベルギーの国土全てがドイツ軍から解放され、ベルリンにベルギーの国旗が翻った時が、戦争が終わる時だった。


「どうにもならんな。ブリュッセル市が無防備都市であるとの宣言を出せ。それに合わせ、我々はブリュッセル市から完全撤退する」

 フティエア将軍は第18軍司令部の要員に、11月5日にそう命令を下した。

「しかし、少しでもブリュッセル市を守り抜いて抵抗するようにと参謀本部から命令が出ていますが」

 第18軍司令部の参謀の1人が進言した。

「参謀本部からの命令は無視しろ。キールでレーテ(ソヴィエト)が成立し、我が祖国ドイツが今や完全に崩壊しようとしている。今の我々が最優先すべきことは、少しでも多くの兵を生き残らせ、祖国の再建に努めることだ」

 フティエア将軍は、そう喝破した。

 その言葉を聞いた司令部の面々は粛然として、思わず将軍に全員が敬礼し、中には落涙する者までいた。

 落涙する者の中には、マンシュタイン大尉もいた。


「林元帥、独第18軍司令官のフティエア将軍から独断で、ブリュッセル市が無防備都市であるとの宣言が出されました。どうされますか」

 11月6日、ベルギー解放軍司令部は、その一報を受けて騒然となった。

 まさか、ここまで執拗な抵抗に努めていた独第18軍がブリュッセル市を無防備都市であるとして放棄するとは誰も予想していなかったからである。


 林元帥は思わず瞑目した後で言った。

「その宣言を、わしの権限で受け入れると伝えろ。その代り、速やかに独軍はブリュッセル市から完全に撤退するように要請するように。また、指揮下にある全部隊に無防備都市宣言を遵守するように伝えろ」

「分かりました」

 ベルギー解放軍司令部の参謀の1人は慌てて、ブリュッセル市の無防備都市宣言の受諾とベルギー解放軍の要請を第18軍司令部に速やかに伝えると共に、指揮下の全部隊に無防備都市宣言を遵守させるために、司令部から飛び出していった。


「独断で無防備都市宣言を受け入れてよかったのですか」

 ペタン将軍は林元帥に尋ねるというよりも問いただした。

 ペタン将軍としては、上級司令部の英仏米日統合軍司令部なり、または最高司令官のフォッシュ将軍なりに相談をしたうえで、無防備都市宣言の受け入れがあるべきだと考えていた。

「構わんさ。向こうが独断で申し入れてきたんだ。こちらも独断で受け入れさせてもらう。それに」

 林元帥は、そこで言葉を切って、しばらく沈黙した後で、言葉を紡いだ。

「向こうが市民を戦闘に巻き込みたくないと騎士道精神を発揮して言ってきたんだ、こちらも武士道精神を発揮させてもらう。どうせ、わしはこの戦争で退役する身だ。退役前に無辜の市民多数を戦禍に巻き込み、死傷させたくない。ここまで多数の無辜の市民を戦渦に巻き込んできて言える科白ではないがね」


 林元帥の頭の中で、若き日の戊辰戦争から西南戦争、日清戦争、義和団事件、日露戦争、そして、今回の世界大戦とこれまでの戦争経験が過っていた。

 本当に多くの無辜の市民が亡くなってきたものだ、そう思うと林元帥の目に涙が浮かんだ。

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