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第5章ー40

 1918年9月から10月初めにかけて、事実上の独政府のトップはルーデンドルフ参謀次長だった。

 参謀次長より上の参謀本部の人間は2人しかいない。

 1人は言うまでもなく皇帝ウィルヘルム2世であり、もう1人はヒンデンブルク参謀総長である。

 ウィルヘルム2世は実際の戦争指導については無力であり、ヒンデンブルク参謀総長は鈍重でお飾りと言ってよい存在だった。

 そのために参謀本部はルーデンドルフ参謀次長が完全に掌握していると言っても過言ではなかった。

 そして、戦争中であり、戦争遂行のためと言われれば、独の議会や宰相と言えど参謀本部の行動の制約は中々できなかった。

 そのために、ルーデンドルフ参謀次長が独政府の事実上のトップと言える存在になっていたのである。

 だが、後にこのことが独にとって最終的な致命傷となる人事だったと後世に評されることになる。


 ルーデンドルフ参謀次長は、作戦家、戦術家としては有能と言えた。

 実際、そうでなかったら、東部戦線で露相手に勝利を収めること等できようはずがない。

 だが、戦略家としては無能と言われても仕方なかった。

 例えば、ロシア革命後の東部戦線で、ルーデンドルフ参謀次長が独の占領地確保にこだわらず、各地に成立していた民族政府に独の占領地を任せていたら、という有名なIFがある。

 そうなっていたら、占領地確保のために残置された約80万人の独兵が1918年春に西部戦線に投入でき、独は第一次世界大戦に勝利できていた、と説く人は多い(もっとも、仮にルーデンドルフ参謀次長がそのような施策を取ろうとしても、移動や補給の困難から実際には無理だったろうが。)。

 だが、ルーデンドルフ参謀次長は断固として拒否した。

 そのために東部戦線に80万人もの独兵が残置される羽目になった。

 しかし、ルーデンドルフにはそれ以上の問題点が実はあった。


 クラウゼウィッツを批判し、軍部指導部、特に最高司令官の下で総力政治を展開し、平時から戦争の準備を展開すべきだと世界大戦前から主張していたのである。

 平和とは戦争の間の休戦期間に過ぎないのだ、政治は戦争指導の手段にすぎないと説く有様だった。

 ちなみに世界大戦後に「総力戦」という題で自らの主張を著作にもしている。

 こういった人物が、参謀次長になっていたのである。


 ルーデンドルフは、参謀次長就任後に積極的に政治的策謀を行い、宣伝や外交政策や軍需生産まで参謀本部(つまり、自分)で統制することで総力戦体制を築こうとし、実際にそれにほぼ成功した。

 だが、このことが後に独に1918年11月に革命騒動を引き起こすことになる。

 国内で総力戦体制を取り、女性等まで総動員することは、戦時社会主義を引き起こし、労働者の組織化を招く危険性が極めて高いということに、ルーデンドルフは無理解だった。

 そして、実際に独では労働者は組織化されるようになった。

 組織化された労働者は長引く世界大戦に倦んで、ストライキ、デモ、暴動を引き起こすようになり、レーテ(ソヴィエト)にまで最後には行きつき、独革命騒動に至ることになるのである。


 更に人物的にも問題が多々あった。

 ルーデンドルフは、表面上は氷のような冷静さを保つことが出来たが、実際には極めて興奮しやすい性格だった。

 更に極端に神経質になることもあり、緊張に耐えきれなくなることもままあった。

 こういったことから、9月29日にはブルガリアの戦争からの脱落、戦況の再検討の際に卒倒して意識を失うという醜態をルーデンドルフは晒すという事態を引き起こしているのである。


 もし、ルーデンドルフが参謀次長で無かったら、終戦の経緯は史実よりもかなり変わっていたろう。 

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