第5章ー32
西部戦線の英仏米日統合軍は、悪戦苦闘しながらも9月いっぱい攻勢を続けていた。
夜明け前が最も暗いのだ、と信じ込むことで、だが、インフルエンザの猛威は衰えを知らず、最も強気なフォッシュ将軍でさえ、講和を打診すべきか迷う有様になっていた。
こういった状況は、連合諸国の情報統制にもかかわらず、少しずつ独等の同盟国にも漏れており、インフルエンザにより何とか痛み分けで戦争を終わらせることが出来るのではないか、と淡い期待を9月末頃には独皇帝のウィルヘルム2世や参謀次長のルーデンドルフが抱くようになっていた。
だが、思わぬ一撃が浴びせられた。
「9月29日、ブルガリア政府はこれ以上の戦争継続は不可能と判断し、英仏等の連合国に対して休戦を申し入れました。英仏等は直ちに休戦に応じるとのことで、バルカン半島の戦線に大穴があきました」
この情報に参戦各国の政府、軍首脳部は騒然となった。
バルカン半島のサロニカにおいて、ブルガリアを主力とする同盟国軍と英仏セルビア、ギリシャの連合国軍は長い間、対峙していたが、1918年9月中旬から行われた連合国軍の大攻勢により、終にブルガリア軍は敗走を始めた。
長きにわたる戦争により、最早、国力が枯渇していたブルガリア政府は、これ以上の戦争継続を断念し、英仏等に休戦を申し入れることにした。
そして、英仏等は、この申し入れを渡りに船とばかりに、直ちに休戦を受け入れたのである。
更に独には追い討ちが掛けられようとしていた。
「我々にもインフルエンザ患者が大量に発生しだしました。英仏米日統合軍のインフルエンザ蔓延状況から考えると2月後には我々も現在の英仏米日統合軍並みにインフルエンザ患者が大量に発生するでしょう」
マンシュタイン大尉は10月1日、上官であるフティエア将軍に深刻な表情で報告していた。
フティエア将軍は来るべきものが来た、という表情を浮かべながら言った。
「中立国と言うものがあるからな。いずれは中立国を介して、我々にもインフルエンザが襲い掛かると思っていた。だが、マンシュタイン大尉は間違っている」
「どこが間違っているのでしょうか」
間違いをいきなり指摘されたマンシュタイン大尉は鼻白む思いがし、思わず抗弁した。
「2月後には我々にもインフルエンザが蔓延するという分析だ。2月も掛からずに、我々は倒れる羽目になるだろう」
フティエア将軍は死を眼前に控えて悟りを開いた修道僧のような表情を浮かべて言った。
「物資があれだけ溢れかえっていた英仏米日統合軍だからこそ、2月持ち堪えられたのだ。国力を消耗しつくして、物資が欠乏している我々が2月も持ち堪えられるはずがない」
「そう言われれば」
マンシュタイン大尉も、その事実に気づいた。
もっとも優遇されるべき、軍人である我々でさえ、食料や医薬品の不足に苦しむようになっているのだ。
銃後の民間人はもっと悲惨な状況にあるだろう。
「飢餓に苦しみ、医薬品も不足している民間人は、あっという間に倒れていくだろう。その後は状況は加速度的に悪化していく。食糧や医薬品は生産量が大幅に低下し、更に飢餓が蔓延して、医薬品不足が悪化していくだろう」
「我々はインフルエンザにトドメを刺されることになるわけですか」
「おそらくそうなるだろう。それには1月も掛かるまい」
「やはり、我々は今年のクリスマスを家で家族と共に迎えることになりそうですね。敗残兵として」
「インフルエンザから自分と家族が生き延びることが出来ればだがな」
フティエア将軍とマンシュタイン大尉は会話した。
いよいよ、この戦争も我々の敗北と言う形で終わるようだ、お互いに口には出さなかったが、そうお互いに思っていた。
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