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第5章ー31

 9月いっぱい、西部戦線の英仏米日統合軍は表面上は独軍を押せ押せの勢いだった。

 例えば、ベルギー解放軍は、9月3日に大攻勢を打ち切ったものの、威力偵察という形で師団規模の攻勢を9月半ば以降には発動した。

 物資が欠乏している独軍はじりじりと押されており、11月初めにはブリュセルにベルギー解放軍は入城を果たし、今年中にはベルギーの主要部から独軍を叩き出せるのではないか、という勢いだった。

 英仏米日統合軍の最南端を占める米軍を主力とする「仏東方軍集団」の攻勢も順調だった。

 サン・ミエルを奪還し、ミューズ河を10月には渡河し、独領内に攻め込むような勢いを示した。

 戦線の中央部でも、英軍、仏軍共に奮闘し、広正面からの大規模な攻撃により、独軍をじりじりと押していた。

 年内には仏国内から独軍を追い出せるだろう、表面上はそう見える勢いを英仏米日統合軍は示している。

 だが、英仏米日統合軍の内実は、インフルエンザでボロボロだった。


 9月下旬のある日、林忠崇元帥は、英仏米日統合軍総司令官のフォッシュ将軍が呼びかけたインフルエンザ対策の緊急会議に出席していた。

 林元帥の目の前にある資料は、どうにも絶望的な想いに駆られるものばかりだった。

 こんな状況で戦うとは、わしは正気なのか、それとも狂気に陥っているのか、林元帥が思わず現実逃避の思いに駆られるくらいだった。

 日本軍内部の資料は頭の中で既に把握していたが、それ以外も似たり寄ったりか、林元帥はため息を吐きながら、資料を速読した。


「日本軍第3海兵師団の現状報告、本来の定数は約1万6000人、だが、8月以降の攻勢の結果、実際の人員は1万5000人を切っている。その内4000人がインフルエンザにり患しており、ほぼ同数の戦傷者を抱えている(なお、インフルエンザにり患した戦傷者もいるので、それを差し引くと戦闘可能人員は、9000人近くになる見込み。)」

「英軍が開設しているダンケルク近くの野戦病院は、本来はインフルエンザ患者を隔離するために設けられたが、最早、その機能は失われつつある。収容可能人員は3000人とされていたが、4000人が入院しており、そのケアをする軍医は約20人に過ぎない。1人で200人を治療している。軍医は40人が配置されるはずだったが、配置前にインフルエンザで亡くなったり、患者の治療中に自らがインフルエンザにり患したりしたために、上記のような惨状に見舞われている」

「仏軍の統計資料によると、インフルエンザにり患した場合の死亡率は、8パーセント程と推計されているが、実際にはその後に肺炎を併発している例が多く、死因が肺炎とされている兵を再調査した結果、インフルエンザによる死亡率は3割に達する見込み」

「米国からの補充兵は検疫を受ける間にもインフルエンザのり患者が増える惨状である。米軍第26師団はとうとう後方へ下がらざるを得なくなった。大隊長、中隊長クラスの指揮官の過半数がインフルエンザで重体と診断された」等

 インフルエンザにり患では無く、インフルエンザで重体と表記されていることに林元帥は着目した。

 ということは、インフルエンザにり患している指揮官はもっと多いということか。

 更に各国の医療部隊の打撃も深刻だった。

 医師が患者優先を貫く余り、自らが倒れる例が多発しているのだ。

 今後は患者より医師優先という考えを取らないと、医療部隊が崩壊し、他の部隊まで連鎖崩壊を侵してしまいかねない、林元帥は重苦しい気持ちになった。


 結局、フォッシュ将軍の呼び掛けた会議は何の結果も産まなかった。

 事態の深刻さを皆に知らせただけ、と言っても過言ではない結果を産んだだけに止まった。 

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