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第5章ー30

「無能な味方よりも有能な敵を与えたまえ。ですが、有能過ぎる味方も困りますな」

 加藤海相は思わず諧謔に満ちた声を上げた。

 加藤海相は、寺内首相に暗に言っていた。

 日本を含む連合国が負けつつあるというのなら、新型風邪が蔓延していることから、独等に講和の話を打診すべき段階だろう、だが、我々は勝っているのだ、それももうすぐ戦争が終わろうとするくらいに。

 こんな状況なのに講和をこちらから持ちかけては、独等に足元を見られてしまう。

 となると強気を押し通すしかないではないか。

 寺内首相も軍人である、加藤海相の言いたいことが通じた。

「林忠崇元帥を派遣したのが間違いだったな。有能過ぎて、日本は引くに引けなくなってしまった」

 寺内首相は思わず笑いつつ思った、そういえば久々に笑った気がする、地獄に行く道しか無ければ、地獄に行くしかない、だが、それは一時的なものだ、勝利という天国に続く道でもあるのだ。

 そして、その道を選ぶということは。

「徴兵を続け、欧州への派兵を続けるしかないということか。良かろう、そうしよう」

 寺内首相は決断しつつ思った、米英仏政府も同様に苦悩しているのだろうか。


 米英仏政府も苦悩していた。

 日本政府と同様に、もうすぐ勝利が見込める状況に大戦がなりつつあるのに、こちらから頭を下げて弱みを見せるわけには行かない。

 だが、弱みを見せないために徴兵等を行うことを、インフルエンザはどんどん困難にしていた。

 これまでで戦争に倦んでいた英仏も苦悩していたが、海を隔てている米政府も苦悩の色を深めていた。


「とうとう米国内の教会は全て封鎖することになりました。集会所、学校、劇場は既に閉鎖されており、公共の集会も禁止です」

 米国の各都市の機能は絶望的なまでに低下しつつあった。

「最高裁判所も指揮下にある裁判所全てに閉廷を命じました。裁判官も検察官も、言うまでもなく弁護士も全て倒れて行っています。最早、まともな法廷を維持することはインフルエンザが収まるまで不可能です」

 ウィルソン大統領を前にして各省の担当者はそれぞれが報告していた。

 皆、疲労と絶望の色が濃い。

 死体公示所はどこの街も満杯状態だった。

 公共のサービスはどんどん低下する一方で、警察や消防はまともに働くなりつつあった。

 ウィルソン大統領は、それぞれの報告を聞きながら、内心で思った。

 こんな状況で世界規模の戦争が行われている、人類は正気なのか、それとも狂気に陥っているのか。

 欧州に赴く陸軍の状況はどうなのだろうか。


 ベイカー陸軍長官の下に届く情報は悪い物ばかりだった。

「キャンプ・デブンズでは徴兵された兵士3万名余りの内8000名以上がインフルエンザで倒れていますが、ベッドは2000床しかありません。ベッドに入れない6000名余りは、地面で寝ています」

「他の訓練キャンプも、キャンプ・デブンズと似たり寄ったりです」

 部下の相次ぐ報告にベイカー陸軍長官は、思わず激怒して当り散らした。

「ベッドくらい買い揃えろ。お前らには戦友愛というものがないのか」

「しかし、ベッドは米国中の病院が急いで買い争っています。ベッド会社もベッドを増産しようとはしていますが、工員が倒れていますし、工場からキャンプ地までベッドを運ぼうにも、鉄道も自動車輸送もまともに動かなくなっています。それこそ、相当の高値を出さないとベッドが買えませんし、キャンプ地まで届きません」

 部下の報告に、ベイカー陸軍長官は頭を抱えこみながら、内心を吐露した。

「こんな悪い状況の中で、徴兵して、欧州に派兵しなければならないのか」

 ベイカー陸軍長官の下にはパーシング将軍からの更なる十万人以上の増援要請が届いていた。

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