プロローグー1
1918年2月、土方歳一少尉は、マルセイユ港に無事に入港した輸送船の上で、思わずマルセイユの街を見回した。
「これがフランス、マルセイユか」
土方少尉は思わず独り言をつぶやいた。
ここに父がいる。
そして、海兵隊が、海軍航空隊が、陸軍航空隊が、日本から遥々フランスの地に来て戦っている。
自分もその一員として戦うのだ。
「おい、いきがっとるようだが、それだけではどうにもならんぞ」
同期の岡村徳長少尉が土方少尉に声を掛けた。
「まだ、フランスに着いたばかりだ。少しは気を緩めとかんと、持たんぞ」
「まあな」
土方少尉ははにかんだ。
「それにしても、ええのう、土方は。海兵隊きっての名門じゃ」
「言わんでくれ。そのことは。海軍兵学校でも困ったんじゃから」
「土方歳三提督の初孫、土方勇志提督の長男だったか」
「そのとおりだが」
土方少尉と岡村少尉は話を続けた。
「それで配属先は、第3海兵師団か。土方は」
「加藤友三郎海相の嫌味かもな」
「はは、ありえるのお。第3海兵師団と言えば、新選組の末裔じゃ。西南戦争時の第3海兵大隊、義和団事件時の佐世保海兵隊の異名が、新選組じゃ。更に土方歳三提督、斎藤一提督が指揮官を務めたからのお。第3海兵師団はその流れをくむことを誇りにしとる。そして、ヴェルダン要塞で、独皇太子からの逆感状を直接もらったのも、第3海兵師団じゃ。海兵隊きっての精鋭として訓練はきついらしいぞ」
「師団長も鬼だしな」
土方少尉は声を少し潜めて言った。
「違いない。鬼貫だからな」
岡村少尉も土方少尉に合わせて声を少し潜めた。
第3海兵師団長は、鈴木貫太郎少将である。
日露戦争時の旅順要塞攻防戦時に、陸軍に対して要塞に対する工兵戦闘の指導をした際に、余りにも激しい指導をしたために、陸軍から鈴木少将は「鬼貫」の仇名を奉られた。
その仇名にふさわしい活動を鈴木少将は、日露戦争後も行っている。
斎藤実海相の下で海軍次官として辣腕を振るった海軍の粛軍人事、ヴェルダン要塞攻防戦時のヴォー堡塁死守の戦闘等、鈴木少将が「鬼貫」であることを疑う人間は海兵隊どころか、海軍内にも1人もいないだろう、と土方少尉も岡村少尉も確信して言える。
「ま、精々頑張れや。わしは、第1海兵師団に配属だからな。師団長に紹介状を書いてくれんか」
「書くか。父はそういうのが大嫌いだ」
第1海兵師団長に、土方少尉の父、土方勇志提督は先日、就任している。
岡村少尉は、土方少尉の伝手で少しでも楽をしようとしたが、土方少尉にすげなく断られた。
「冷たいのう。同期の誼でそれくらいの便宜を図ってくれても罰は当たらんぞ」
「もっと岡村少尉の訓練をきつくするようにと紹介状に書いてもいいなら書くぞ」
土方少尉は岡村少尉を更に突き放した。
「大体、欧州の戦場は、完全に昔と違うと散々教わったろうが。航空機が本格的に活躍し、毒ガスや戦車といった新兵器が実戦に投入されておる。戦車なんて、日本国内には1両も無いのだぞ。それが欧州では実戦に投入されておるのだ。訓練がきつくて当たり前だ」
土方少尉はいつの間にか岡村少尉を説教していた。
2人の会話を邪魔するような爆音が空から響いてきたのは、その時だった。
「あの航空機は」
岡村少尉は土方少尉の説教を終わらせようと空を示したが、岡村少尉の方が声を呑んでしまった。
「あれは日の丸が付いているな。ということは日本の航空隊所属だ」
土方少尉は感嘆するような声を上げた。
「数十機はおるな。実際に見るとやはり違う」
「海軍かな、陸軍かな」
土方少尉と岡村少尉は空を見上げて会話した。




