84 祝勝会
シロの暴走事件から丸一日。
何事もなかったかのように日常が戻ってきた。
人々はいつもと同じように生活している。あんな騒ぎがあったのが嘘のように、街は平穏を保っている。
被害はほぼゼロだったものの、住人全員を避難させるほどの大きな事件。混乱が起きてもおかしくは無いと思っていた。
俺が思っていた以上に、この街の住人たちはたくましかった。あの程度の騒ぎではまったく動じない。
唯一の被害と言えばオークの兵士が数人死亡したくらい。けが人も数えられる程度しか出ていない。
それと……幹部が何人か死んだ。
マリアンヌが差し向けたであろう賊が、騒ぎに乗じて幹部たちを暗殺したらしい。生き残ったのはクロコドとカエルと牛の獣人だけ。他は全員殺されてしまった。
その為、魔王軍の幹部の座に5つ空席ができる。誰を新しい幹部として迎え入れるか、これまた揉めそうな問題だな。
魔王は一切口を挟まないだろうから、妥協点を見つけて早めに解決しておきたい。
とにもかくにも、事件は解決した。シロも無事に帰ってきたことだし、めでたし、めでたし。
「と言うことで、皆の働きに感謝して……かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
グラスを高々と掲げる一同。
俺は事件の解決に尽力してくれた仲間を集め、祝勝会を開催することにした。勿論、費用は俺のポケットマネー。皆には存分に楽しんでもらおう。
「ぷっはぁ! うめぇ!」
「いけるじゃねぇかノイン!
俺と飲み比べすっぞ!」
「いいぜ、ヌルの旦那!」
ノインとヌルが飲み比べを始めた。オークってのは勝負事が大好きで、ことあるごとに競い合う。決して悪い事じゃないんだがな。
「ねぇねぇ、私のたまご食べますか?」
「えっ、いらないですぅ……」
「私もいりません」
シャミとベルに、たまごを勧めるムゥリエンナ。初対面の相手に食べさせようとするのは、さすがにやめた方がいいと思うぞ。
「どんな色のパンツ履いてるでありますか?」
「本当にどっちもついてるですの?
確かめさせて欲しいですの!」
「こっち来ないで下さいっ!」
トゥエとエイネリの二人に絡まれ、泣きそうになっているフェル。あいつも災難だな。
「ほらほら、ここがスライムになってるんでさぁ」
「わー。おもしろーい」
ゲブゲブの腹のスライムを興味深く眺めるイミテ。あの二人が絡んでいるところを初めて見る。
「はぁ……」
俺の傍に座っているサナトがため息をついた。
「なんだ……どうした?」
「私はずっと眠ってただけなんで、
なんの役にも立っていないのに……。
お祝いに参加しても良いのかなと」
「いいんだよ、細かいことは気にするな」
「ユージさま、私が言ったこと覚えてます?」
「なにが?」
「あっ、覚えてないならいいんです、別に」
いや、ちゃんと覚えてるぞ。酔っ払ってキスしろだの、わけの分からないことを喚いていた。
彼女にとっては忘れたい記憶だろうから、無理に思い出させるようなことしない。
「思い出せそうな気がするんだけどなぁ」
「思い出さなくてもいいですよ、別に」
「あっ」
「え?」
「思い出したような気がしたけど、気のせいだった」
「もしかして私のこと、からかってます?」
「ぜんぜーん」
「むぅ……このぉ」
じっとりとした目で俺を見るサナト。
そんな目で見られたらゾクゾクしてしまう。
「俺に言いたいことがあるのか?」
「別に……」
「言いたいことがあるなら言え。
どうした? うん? このこの!」
「ほっぺたをつんつんしないで下さい!
セクハラで訴えますよ?」
訴えられるものなら訴えてみろ。
あっさり棄却されるに決まっている。
「ねぇ、ユージ。その人って、誰なの?」
ミィが尋ねて来た。彼女は猫耳スタイルでこの場にいる。表向きは俺の奴隷と言うことにしてあるが、皆はちゃんと信じているんだろうか?
「サナトだ、まだ紹介してなかったっけな」
「ユージとはどういう関係なの?」
「上司と部下の関係だ」
「本当にぃ?」
疑り深く俺を見るミィ。
「ああ、その人がユージさまの奴隷ですか。
あんまり可愛くないですね」
サナトが言うとミィは……。
「なにこの子、生意気」
などと恐れ多いことを言う。
その人は君よりも年上だぞ。
「生意気なのはアンタでしょ?
奴隷のくせになに言ってんの?」
「ふんっ、奴隷でもユージと仲良しだもん。
ねっ、ユージ」
ミィは俺の腕に絡みついてくる。
「なにそれ、私に対抗してるつもり?」
「対抗する必要なんてないよ」
「そっ、私なんか相手にならないってことね。
でも……相手にする必要がないのは、
私も一緒なんだけどね」
「え? それってどういう……」
「ユージさまは言ってくれたの。
私のことが一番大切だって……ね!」
いや、そんなこと言ってないぞ俺は。急にどうした?
見ると……サナトの目の前には空になったグラスが。この人、もう酔ったのか?
「サナト、落ち着け。同じ過ちを繰り返す気か?」
「あやまち? 私が⁉ なにをいってるんれすか!」
「ちゃんと喋れてないぞ」
「私はねぇ、こう思うんでしゅよ!
ユージさまはなんでも頑張りすぎだって!
もうちょっと私たちを頼ってくださいよぉ!」
「ああ、うん……そうだね」
酔っ払ったサナトは俺に抱き着き、
ほっぺをすりすりとさせてきた。
そんなことをしたら骨が当たって痛いだろうに。
「ユージぃ……」
じっとりとした目で俺を見つめるミィ。
二人の相手をするのがだんだん面倒になってきたな。
「はいはい、そこらへんにしておきましょうねぇ。
ユージさんを困らせたらだめよ」
マムニールが助け舟を出してくれた。
これで二人とも大人しくしてくれると良いんだが……。
「そう言えばユージさん、例の件どうなったかしら?」
「農場に工房を作る話ですよね。
そこにいるイミテにさっき話しておきました。
彼女は奴隷の教育を引き受けてくれるそうです」
「あらぁ、本当に?
じゃぁ、早速挨拶してこないと……」
「あっ、待って……」
マムニールは俺のことなど放って、
さっさとイミテの所へと行ってしまった。
「離れてよ! 私のユージなんだよ⁉」
「そっちこそ離れなさいよ! このクソガキ!」
「どう見てもアナタの方が子供だよ!」
「はぁ? 私は魔女なんですけど?
アンタなんかよりもずっと年上なんですけど?」
俺を挟んでにらみ合いを続ける二人。
そろそろやめにしないか。
「ユージさんたら、モテモテですの。
ノインさんのことはどうでも良くなったですの?」
エイネリが絡んで来た。また面倒な奴が……。
「うるさい奴だなぁ、放っておいてくれ」
「あらあら、失礼しましたの。
それはそうと、ユージさま。
例のあの子はどうなりましたですの?」
シロのことか? 彼女なら……。




