65 シロの行方
「シロがいなくなっただと⁉」
突然の知らせに、思わず声を荒げる。
「へぃ、気づいたら檻ごと消えてまして」
「殻を破って檻を同化したと言うことか?」
「多分、そうじゃないですかねぇ……」
「お前は何をしていた?
キチンと見張っていなかったのか?」
「面目ありません……ちょっと目を離したすきに、
こつぜんと消えてしまったもんで」
逃げ出す瞬間を見ていないのなら誰かが連れ去った可能性も否定できない。
興味本位ならまだいいが、シロの正体を知っている者が手を出したとしたら、いろいろとマズイことになる。
くそっ、油断した。もっと厳重に保管しておくべきだったんだ。殻にこもっている状態なら安全だと、高をくくっていたのがあだになった。
早く見つけないとヤバい。
「なぁ、ユージ。どうしたんだ?
困ったことがあるんならこの場で言え。
自分だけでなんとかしようとするなよ。
俺たちが助けになる」
「そうですよユージさん! 僕も手伝います!」
ノインもフェルも手伝ってくれると言う。
二人が力を貸してくれると言うのなら、遠慮なく頼ろう。
「実は……」
俺はシロのことについて、二人に話した。
「物食い虫と同化した人間の赤ちゃんか。
そんなもんが逃げ出したとして、
遠くまで行けるとは思えないな。
そのゲブゲブって人の家を、
くまなく探したほうがいいんじゃないか?」
ノインが言う。
「探したさ! 家の中全部!
それでも見つからなかったんだ!
箪笥の隙間や、ベッドの下まで!
隅から隅まで、徹底的に!」
「家の周囲は?」
「勿論、探した! 手下のスライムを使って、
他人の家の中まで探したさ!」
「え? スライム?」
そう言えばノインは知らなかったな。
ゲブゲブは半分がスライムになった人間だと、俺が代わりに説明する。
「……なるほど。
そこまで探しても見つからなかったなら、
誰かが持って行っちまった可能性が高いな」
「どうしてそう思う?」
俺が尋ねるとノインは……。
「だってよぉ、考えてもみろよ。
そのシロって子は、
赤ん坊と同じくらいの大きさなんだろう?
脱走したところで移動できる範囲は限られてる。
自力ではそう遠くまで行けないはずだ。
にもかかわらず、ゲブゲブのおっさんは、
シロを見つけられなかった。
てことはつまり……」
「誰かが持っていたと考えるのが自然だな」
「その通りだ」
だとしたら、いったい誰が?
やはり勇者だろうか?
それ以外に考えられない。
「ゲブゲブ、誰かが家に入った形跡は?」
「いやぁ、そこは確認してませんでした。
なにせシロを探すので手一杯だったもんで。
なんか申し訳ありませんね」
頭をかきながら弁明するゲブゲブ。
いくら慌てているとはいえ、家に誰か入ったのなら気づくはずだ。彼がその痕跡を見つけられなかったのは、侵入者はかなりの手練れ。
もしかしたら勇者かもしれん。
だとしたら、いよいよもってヤバい。
「一度、現場を見に行った方がいい。
むやみに町中を探し回るよりはいいだろう」
ノインの言う通りかもしれない。
無策で探し回るよりは効率的かもな。
ここは素直に彼の提案に乗ろう。
「よし、いったんゲブゲブの家へ行こう。
ここから近いからこのまま行くぞ」
俺は四人を連れてゲブゲブの家へと向かった。
到着すると、早速フェルが家の中へ入り、うさ耳をピクピクと動かしていた。
犯人がここにいるわけでもないのに、どうして聞き耳を立てる必要があるのか。そう思うだろうが、実はこれには訳がある。
白兎族には特別な器官が備わっており、魔法の痕跡を読み取ることができる。
魔法が使われた場所、魔道具が置いてあった場所、魔術師が通った跡、魔力を帯びた物が移動した跡。目には見えない微妙な魔法の残渣を、彼らは正確に読み取れるのだ。
非力で戦う力は持っていないものの、白兎族のこの能力は非常に強力なスキルだ。魔法でも同じことができるが、かなりの熟練でないと使えないらしい。
「なにか分かったか?」
「かなり強力な魔力を持った者が、
ここに入り込んで来たようです。
普通の魔法使いとか比じゃないレベルです」
てことはやっぱり勇者か?
他に考えられないが……。
「そんなに……か?」
「この魔力の量は並みの人間のものじゃない。
特殊な種族じゃないですかね?
サナトさんよりも魔力の量が多いと思います。
普通だったらこんな痕跡が残るはずがないです」
サナト以上となると……よっぽどだな。
侵入したのは、いったい何者なんだ?
「そいつがどこへ行ったかは分かるか?」
「ううん……ちょっと待っててください」
フェルはまたうさ耳をピクピクと動かし、魔法の痕跡が続いている方向を探る。
彼は小屋の外へ出て辺りを見回す。
そして……。
「あっちの方……ですね」
フェルはある方向を指さす。
それはマムニールの農場がある方角だった。
「確かに、そっちへ行ったのか?」
「間違いないと思います」
「そうか……」
早速、そいつの後を追わないとな。
シロを取り返さないととんでもないことになる。
しかし……。
「うん? どうした?」
俺の視線に気づいたノインが言った。
シロをさらったのは、
とんでもない量の魔力を持った化け物。
勇者レベルの戦闘能力を持っているはず。
もし二人に協力を頼めば、命を危険にさらすことになる。
しかし……俺一人ではとても……。
「ノイン、フェル、頼む。
俺に力を貸してくれ。
だが、もしこのまま向かったら、
二人は命を落としてしまうかもしれない。
それでも協力してくれるか?」
「ああ、勿論だ」
「望むところですよ!」
二人とも、快諾してくれた。
本当にありがたい。
「あっしは役に立ちそうにないんで、
ここで待ってますね……へへへ」
ゲブゲブは付いてくる気がないらしい。
このおっさんはそう言う人だ。




