29 自己紹介は苦手です
午後になった。
ミィは仕事を始める。
一通り色んな仕事を体験させたが、彼女はその全てをそつなくこなした。これならどこに配属しても大丈夫だろう。
あっという間に夕食の時間。終業の合図とともに奴隷たちが戻ってきて、お喋りしながら夕食を堪能している。
毎度、同じスープとパンの食事でも、労働を終えた後で食べれば格別だろう。
ミィはこの時間も独りぼっち。黙々とスープを食べている。
そんな彼女を心配するシャミは何度も何度もチラチラ様子を伺い、声をかけるか、かけまいか迷っている。
「はぁ……本当にどうすれば良いんですかねぇ」
俺はため息をついてマムニールに愚痴った。
「どうするもこうするも、見守るしかないわねぇ。
彼女を信じるしか……」
「誰とも話せなかったらどうしましょう」
「それは無いと思うわ。
時間が経てば、関係も築ける。
そう信じて待つしかないわねぇ」
「そうですかねぇ……」
マムニールは長い目で見てくれるようだが俺としては心配でたまらない。
本当に大丈夫だろうか。
「あのぅ、ユージ様ぁ」
シャミが話しかけて来た。
「……なんだ?」
「そろそろ皆にミィちゃんの紹介を……」
「ああ、そうだったな」
ミィの自己紹介を一緒にすると約束していた。
早くいって済ませてこよう。
「はいはいはーい、皆さん注目して下さーい」
俺は手を叩いて注目を集めながらミィが座っている席へと向かう。
「皆さんに紹介した子がいるんです。
ここにいる新しいお友達ですね。
はい、お名前をお願いしまーす。
ほら、立って、立って」
俺はミィに立ち上がるように促す。
「わっ……私は……」
オドオド、モジモジ。
なんとか言葉を絞り出して自己紹介しようと試みるミィ。
……頑張れ。
「私は……ミィって……言います。
皆さん、よっ、よろしくお願いしまぁす!」
変に力が入って最後の方が妙に上ずってしまった。
パチ……パチ……パチ。
まばらな拍手。微妙な空気。
大丈夫なのか、これ。
「はい! ミィちゃんの自己紹介でしたー!
皆さん、よろしくお願いしまーす!」
無理やり俺がしめた。やらかした感が半端ない。
やべぇよ、やべぇ……どうしよう。
このままではミィがボッチになってしまう。
どうしたら皆と仲良くできるんだろう⁉
「はい、はーい。皆、聞いてぇ」
俺が困っているのを察してか、マムニールが救いの手を差し伸べてくれた。
「ここにいるミィちゃんは、
一週間だけ限定で預かることにしたの。
短い間だけだけど、みんな仲良くしてあげてね。
意地悪なんてしちゃだ・め・よ」
「「「「「はーい」」」」」
ご主人様の言葉に、一斉に返事をする奴隷たち。
マムニールもいるし、シャミも気を使ってくれてるし、この調子なら大丈夫かなぁ……多分。
食事を終えた奴隷たちは、それぞれ自由に過ごし始める。お風呂に入るのもこの時間。
入浴を終えたら、集まってゲームをしたり、お喋りをしたりして楽しんでいる。ゲームに使う道具はマムニールが買い与えたらしい。
つくづく面倒見が良いな、この人は。
以前はこんなに寛大ではなく、割と容赦なく奴隷を使い潰していた。何がどう転んでこうなったか。俺にもよく分からん。
「みんな楽しそうですね」
「ええ、本当に。
こうして眺めていると、
人間も悪くないわよね」
「え? そう思います?」
「ハーフに限って、だけれど」
ハーフ限定ね。
うーん。
魔族――エルフ、ドワーフなどの中立的な立場の種族を除いた人間に敵対する全ての種族――が人間に対して抱いている反感は並大抵のものではない。
自分が住む家に人間の奴隷を入れるのはダメ。外に建てた粗末な小屋に住まわせるのが基本。同じ空間で食事をするなんてもってのほか。ちょっとでも反発しようものなら即処刑。
マムニールも、美少女が大好きとは言え、人間という種を嫌っているはずだ。ハーフのみなら限定的で可愛がれるのかもしれない。
「そう言えば、ミィは?」
「あそこで小さくなってますよ」
ミィは広間の隅っこで体育座りをして小さくなっていた。
マジであの子、本当に大丈夫か⁉
隣に座ったシャミが心配して笑顔であれこれと話しかけている。ミィは固まったままうんうんと頷いていた。
「はぁ……これからが思いやられる」
「ここにいるのはいい子たちばかりだから大丈夫。
意地悪するような子は一人もいないわ」
親指を立ててウィンクするマムニール。
この人がいれば大丈夫だとは思うが……心配なものは心配だ。
神様でも、邪神様でも、誰でもいい! ミィちゃんに友達を作ってあげて!
就寝の時間。
それぞれベッドに入って眠りにつく奴隷たち。この時だけは首輪を外すことが許可される。
みんな寝つきが良いのか、あちこちから寝息が聞こえてくる。
「ミィちゃん、おやすみなさい。
明日もよろしくね」
「うん……お休み」
シャミはお休みの挨拶をミィにして自分のベッドへと潜りこんで行った。
残されたミィはベッドのそばで佇み、俺の方を泣きそうな顔で見やる。
「ユージぃ」
「はいはい、分かった、分かった」
約束通り、今日は一緒に寝てあげることに。今日だけだからな。
俺は先にベッドに入って横になり、ミィが隣に入って来るのを待つ。
「おじゃま……します」
なぜかミィは遠慮気味。ここはお前のベッドだぞ。
布団にくるまったのは、アンデッドになってからこれが初めて。眠る必要がなく、疲れないので、ベッドで横になる意味がない。
「わぁ……ユージの身体って冷たいね」
俺の手を取ってつぶやくミィ。彼女の顔が目と鼻の先まで近づく。
囁くような呼吸音が間近で聞こえ、ほの暗い闇の向こうに潤んだ瞳が見える。
こうしてじっくりと近くで見ると、可愛いなぁ。
「ねぇ、ユージは暖かさとか感じるの?」
「少しだけ……かな」
「味や、匂いなんかも?」
「多少は感じる」
どういう理屈か分からないが、耳がないのに音が聞こえるし、鼻がないのに匂いも感じる。しかし、人間だったころと比べて、五感による喜びや感動は少ない。
誰かに触られてドキドキするとか、暖かさを感じてほっこりするとか。そう言う体験がないのだ。
しかし……ミィと出会って俺の感覚が変わり始めた。
もっと彼女の身体に触れたい。彼女の吐息や体温を感じたい。思いっきり頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎたい。
そんな風に思うようになった。
「ミィは俺にとって特別な存在なんだ。
君がいてくれるから俺は……」
「すぅ……すぅ……」
いつの間にか眠りにつくミィ。大事なことを伝えようとするとこれだ。
お約束ってやつだな。
俺は昨日よりもずっと近い位置で彼女の寝顔を見守る。
夜が明けるまでずっと……。




