求めてない答え
璃玖がようやく落ち着いてくれたときには、ほとんど七時だった。子供たちは全員帰っており、結局僕たちが一番最後となってしまった。
「すいませんでした。もうお仕事終わっていたのに璃玖の面倒をみて貰って」
「いえいえ。こちらこそ喧嘩を止められず、すいませんでした。りっくん、また明日ね!」
「うんっ!」
感情の昂ぶりも治まっており、璃玖は笑顔で先生に手を振っている。
「今日は帰りにちーちゃんのところに行ってみようか? 璃玖が掘ってくれたお芋も届けたいし」
「え、いいの!? やった!!」
再婚について妹とも相談してみたかった。
連絡をするとまだ夕ご飯に間に合うと言うことだったので僕たちは競走して実家へと向かう。
璃玖が採ってきたサツマイモの天ぷらを食べると、父は相好を崩してその味を大絶賛する。褒められた璃玖は宝物を探し出して持ち帰ってきた冒険者のように得意げだ。
僕が子供の頃はよく父に叱られたものだが、孫には甘いようだ。
璃玖も優しくしてくれるおじいちゃんが好きで、夕飯のあとは「おじいちゃんとお風呂に入る!」と言って聞かなく、二人で風呂場へと行ってしまった。
何か悪戯でもしているのか、浴室の壁に反響した璃玖の高い笑い声が聞こえてくる。
「なあ、千遥」
「なぁに?」
妹は洗濯物を畳みながら間延びした声を返してくる。
「僕は再婚した方が、いいのかな?」
自分のことなのに他人にお伺いを立てるような言い方になってしまった。千遥はピクッと動いてから僕を見た。
「なんでそう思うの?」
「いや、実は今日──」
保育所での出来事を説明すると、千遙は痛みを堪えるような顔で笑った。
そして意味もなく何度も洗濯物の皺を伸ばすように手を動かし、視線を下に向けたまま千遙は再度訊ねてきた。
「お兄ちゃんは、再婚したいの?」
「僕は……どうかな? 正直あんまりまだしたいとは思わないかな」
正直に伝えると千遥は顔を上げて、真っすぐに僕の瞳を見詰めてきた。
「沙耶香さんはきっとお兄ちゃんに再婚して貰いたいと思ってるよ」
「そうかな? 意外と嫉妬深いとこあるからなあ、あいつ」
図星を言い当てられ、ついそんな嘘をついて笑った。
千遙と沙耶香は仲がよかったから、考えそうなことは分かるのだろうか。
「お兄ちゃんも徐々に前を向いていかないと。そりゃすぐには無理かもしれないけれど」
「失礼な。前を向いてるだろ? 毎日璃玖の世話をして、仕事も休まずに頑張って。それで後ろ向きと言われたんじゃ、僕の立つ瀬がないよ」
思わずむきになって少し声を荒げてしまい、漂う気まずい空気を中和させるように笑みを浮かべた。
千遙は畳み終えた洗濯物をカゴに入れ、ゆっくりと立ち上がる。
「そうだよね……お兄ちゃんは頑張ってるよ。沙耶香さんがいた頃より、ずっと頑張ってる。無理してるんじゃないかってくらいに」
「無理なんてしてない。そりゃ沙耶香が死んだのは辛いけど、でも僕は毎日を璃玖と楽しんで暮らしている」
千遥は悲しそうに笑い、慰めるように頷いた。
沙耶香の死を受け入れないように、心のどこかで抗っているのは僕だって自覚している。
なまじ霊となった沙耶香と毎日話をしているのだから、なおさらその死が受け入れられなくなってきていた。
でも、このままでいいのだろうか?
正直もうよく分からなくなってきた。
何が正しくて、何が間違いなのか。それを教えて貰えたら、もうその通りに従ってしまいたい。考えることも、苦しむことも放棄してしまいたかった。
そんな卑屈で投げ遣りな気持ちに陥った時、リビングのドアが勢いよく開く。
「わーっ!」
裸の璃玖が水滴を飛ばしながらリビングに駈けてくる。
「こら、璃玖くん! 風邪引くからっ!」
おじいちゃんは笑いながら璃玖を捕まえる。
毎晩の風物詩を見て、ほんの少しだけ僕の心は晴れた。
璃玖の幸せを守ってやらなくてはいけない。
なにがどうであろうと、それだけは間違いのない事実だ。




