運動会
運動会当日は天気に恵まれ、たくさんの保護者が集まっていた。小さな園庭なので文字通り立錐の余地もないほどだ。
璃玖たち4歳児クラスは上から二番目の学年ということもあり、マットやら旗などの用意片付けなど保育士さんの手伝いまでこなしていた。
僕はその様子を動画に納めている。動画撮影は後方に用意された台の上からなので璃玖までの距離は遠い。千遥は最前列で璃玖に声援を送っていた。
たくさんの子供の中に混じって懸命に動く璃玖を見ていると、随分と大きくなったなと感じずにはいられない。
家では自分の遊んだおもちゃも片付けないくせに、保育所ではテキパキと動いて片付けをする。こういった親の知らない面がどんどん増えていき、子供は大人になっていくのだろう。
「次が璃玖のかけっこだね」
動画撮影をする僕の隣で沙耶香が声を弾ませる。
二人ひと組でトラック一周を競走する花形種目だ。運動場は小さいとはいえ、子供の足ならなかなかの距離なのだろう。
璃玖は髪の長い綺麗な顔立ちの女の子とペアになっていた。確か美月ちゃんという子だ。子供のうちは運動能力に差はないから特に男女に分けられていない。
「位置について」のかけ声で璃玖は腰を屈めて前傾姿勢になる。
よーいどんの合図と共に駆け出す。
璃玖は千遙に教わったとおり、手を大きく振って走っていた。だが一緒に走っている美月ちゃんは速く、少し璃玖をリードしてカーブを曲がった。
璃玖は顔を真っ赤にし、頭を振りながら懸命に美月ちゃんを追う。
「やっぱり運動神経が鈍いのは宗大に似たんだね」
隣に浮かぶ紗耶香が微笑みながら茶化してくる。僕は聞こえない振りをして懸命に走る璃玖に声援を送っていた。
再びコーナーに差しかかったときだった。前を行く美月ちゃんが足を滑らせて転んでしまった。
会場からは「ああっ!」という悲鳴が上がる。美月ちゃんは立ち上がれず、しゃがんだまま泣いてしまった。恐らく怪我をしたことより転んでしまったことに泣いているのだろう。
一度抜いた璃玖だったが、立ち止まって美月ちゃんに駆け寄る。
「大丈夫?」と声をかけ、泣き止まない美月ちゃんと手を繋ぎながらゴールした。
その様子を見ていた観客からは歓声や拍手が湧き起こる。璃玖は心配そうに美月ちゃんの顔を覗き込み、そのまま二人で医務室へと向かっていった。
「あの優しさもきっと宗大に似たんだね」
沙耶香は音が鳴らない拍手をしながら目を潤ませていた。
「いや、きっと君に似たんだよ」
人目を憚らず、僕は沙耶香に返事をした。
運動会は午前中で終わり、全員がもらえるメダルを誇らしげに首にかけた璃玖が僕らの元へ駆け寄ってくる。
「立派だったよ、璃玖」
「かっこよかったよ、りっくん」
褒められると璃玖ははにかみながら頷く。
沙耶香は声を掛けたい気持ちをグッと堪えて離れたところから見守っていた。
「りっくーん!」
美月ちゃんが手を振りながら駆け寄ってくる。膝には大袈裟すぎるテーピングが施されていた。
二人は自慢げにメダルを見せ合い、はしゃいでいる。璃玖はいつもよりちょっと顔が赤らんでいた。もしかすると璃玖は美月ちゃんが好きなのかもしれない。そんなことを思ってにやけてしまった。
「りっくんありがとうね」
美月ちゃんのお母さんが腰を屈めてお礼を告げていた。娘に似て品がよさそうで美人なお母さんだ。僕と目が合うと「りっくんは本当に優しいですよねー」と微笑んだ。なんだかちょっと誇らしくなる。
璃玖と美月ちゃんの二人をスマホで撮影していると新人保育士の甘玉先生がやって来た。
「お疲れ様でした。観に来て下さり、ありがとうございます。璃玖君えらかったですね」
「先生こそお疲れ様でした。しかし子供の成長って驚かされますね」
保育士さんはみんなコスプレをしており、甘玉先生はアメ玉のかぶり物をしていた。
「璃玖君はいつもクラスのみんなに優しいんです。それにアイデアもよく出してくれまして」
「アイデア?」
「はい。みんなのダンスで順番にジャンプをするのは璃玖君の提案だったんです」
「へえ」
確かにダンスのサビの部分でみんなジャンプをしていた。あれは璃玖のアイデアだったのか。なんだか意外だったし、ちょっと嬉しかった。
沙耶香もそんな面白いことを考えるのが好きだったことを思い出す。
「あ、アメ玉先生だ!」
「見て見て! 金メダル!」
璃玖と美月ちゃんが甘玉先生にもメダルを自慢する。甘玉さんはことさら驚いた顔をしてそれに応えていた。
疲れていても笑顔を絶やさない。さすが保育士さんは子供の扱い方が上手だ。




