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成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


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カップリング

「藍田さんも初参加なんですね。私もこういうところ、はじめてなんです。ちょっと緊張しますよね」


 そう言いながら女性6番さんこと加西(かさい)美佳(みか)さんは微笑んだ。緊張していると言う割に落ち着いて見える。

 若そうに見えても加西さんは三十歳だ。それくらいの落ち着きはある年齢なのだろう。

 フリートークの後の第一印象を元にした三分間のトーク時間、僕は加西さんと話していた。

 話すといっても共通の話題なんてない相手なので、僕は会話の糸口を探すために渡された加西さんの自己アピール表を眺めていた。


「あ、お子さんがいらっしゃるんですね」


 同じく僕の自己アピール表を見ていた加西さんが問い掛けてくる。


「ええ。五歳になったばかりの息子が一人。今日は妹と両親に預かってもらってます」

「一緒に住まれてるんですか?」


 親権を父が持つというのは珍しいからだろう。加西さんは少し意外そうに訊ねてきた。


「ええ、まあ。妻とは、死別でしたから」

「えっ……そうとは知らず、すいません」

「いえ」


 不躾な質問をしてしまったというように加西さんは肩を竦めて頭を下げる。

 ちなみにその死別した妻はというと、僕に見合う女性はいないかと会場内を忙しなく飛び回っていた。


「加西さんはお子さんいらっしゃらないんですね」


 子供の欄が未記入の表を見ながら確認する。


「はい。というか、私の場合、結婚もまだでして」

「え? そうなんですか」

「そうなんです。私の場合はこっちです」と言いながら表に書かれていた『バツイチ理解者さん』というところを指差した。


「へぇ、そうなんですね」


 最近は離婚する人も多いと聞くから、バツイチ理解者ということは不思議ではない。

バツイチだからといって性格破綻者とか、酒癖や女癖を疑わない理解者もいるだろう。

しかし未婚の人がわざわざバツイチを結婚相手として探しに来るのはやや違和感を感じた。


一度失敗しているからその経験を活かし人として成長したり、気遣いも出来るだろうという期待なのだろうか? 

しかし普通はそう考えるより一度失敗したのには何か理由があると思い、敬遠する気がする。


「お子さんのお名前は?」

「あ、璃玖っていいます」

「素敵なお名前ですね」

「最近は生意気になってきたんですけど、賢い子でしてね。親が言うのもなんですけど」


 息子の話をされるとつい饒舌になってしまう。

気付けば相手に興味があるとも思えないことまで話をしてしまっていた。璃玖の話をしていたら三分なんていう時間はあっと言う間だった。


 三分間トークのあとはいよいよマッチング投票となる。

 せっかく来たのだし、それに一応婚活をしている素振りを見せないと沙耶香も納得しないだろう。そんな言い訳を頭に浮かべながら第一希望の欄に『6』とだけ記載して係員に渡す。


 中間発表と違い、最後のマッチングは割とすんなり集計が終わった。

 はじめに女性番号が呼ばれ、そのあとに男性番号が呼ばれる。

マッチングした二人はそのまま先に会場を出て行くという流れだ。

一応拍手で送り出すシステムなのだが、その音はまばらだった。思惑と違う結果なのか、単にみんな緊張しているのか、とにかくフィナーレにしては盛り上がりに欠けている。


「続きましては女性6番さん」


 司会者がそうコールすると会場が更に静まり返った。彼女への感心の高さを表す静寂だった。

 司会者の男性はそんな緊迫した静けさを愉しむように視線を男性陣に滑らせてから、僕に視線を向けて告げた。


「男性25番さんです!」

「あ、はい……」


 まさか呼ばれるとは思わず、躊躇いながら立ち上がる。加西さんは真っ直ぐに僕を見て、照れくさそうに微笑んだ。

 ほぼ誰も拍手をしていない中、沙耶香だけが盛大に手を叩いて喜んでくれていた。

 ひとまず連絡を交換し、お茶でもしようということになった。その前に一旦加西さんはお手洗いへと行った。


「よっ! さすが宗大! 女性一番人気をゲットしたね! てか宗大もちゃっかり6番ちゃんに投票してたんだね」


 茶化しながら沙耶香が現れる。


「誰も選ばなかったら沙耶香が怒るだろ? だから取り敢えず話した人を書いただけだよ」

「ふぅん? そんなこと言いながら案外気に入ってるんじゃない?」

「そんなわけないだろ! だいたい僕は沙耶香以外の女性なんて──」

「ストップ! それ以上は言わないでよ」


 手の平をびしっと僕に向けて言葉を制する。その目は先ほどまでの茶化す気配がなかった。


「まあ元嫁としては、あの美佳ちゃんとやらはイマイチかなぁーって感じだけど。結婚も真面目に考えていなさそうだし。まぁでも、そこから友達紹介とかで繋がっていくかもしれないし」

「はいはい。そうですか」


 霊と話す僕は、傍から見ればひとりごとを言っているようにしか見えない。人に見られたら変な人だと思われるので、言葉数少な目で返事をする。


「ま、頑張ってね。私はお邪魔でしょうから買い物でもしてるから」

「買い物って……」

「いい仏壇でもないかなーって探してくる」


 紗耶香はふわふわと風船のようにデパートの方へと飛んで行ってしまった。最近の紗耶香のジョークは自虐的なものが多すぎて笑えない。

 それにしても先ほどの紗耶香はちょっと陽気すぎた。無理して明るく振る舞っているのがバレバレだった。

半透明な後姿を眺めながら、胸がキュッと締め付けられていた。



「わー、可愛い!」


 璃玖の写真を見せると加西さんは五歳くらい若返った声を上げた。


「そうですか? ありがとうございます」


 大して乞われてもいないのに璃玖の写真を見せたのは、親バカな気持ちが半分と、写真に沙耶香も写っているという理由が半分だった。

 加西さんには悪いが、僕は再婚するつもりはない。いや、悪いとか思うのもおこがましいけれど。

 とにかくこうして嫁も写った写真を見せたら引かれるだろうという計算もあった。


「目許とかは奥さん似なんですね。輪郭はパパ似かな?」


 加西さんは引くどころか嬉しそうに写真を凝視していた。


「可愛いだけじゃないよ。寝かし付けたり、わがまま聞いたり、保育所の準備したり。色々と大変だから」

「そうでしょうね。偉いですね、藍田さん」

「いや。当たり前のことですから」


 別に誉められたかったわけではない。子育ての大変さをアピールしたかっただけだ。子連れと結婚したらそんな苦労もあるんだぞ、という脅しの意味で。

 しかしそれに怯んだ様子はない。迂遠な言い方はあまり効果がないタイプなのだろう。

作戦変更。あまり気乗りしないが、嫌われる作戦に変更した方がよさそうだ。


「加西さんはどうして街コンに参加されたんですか? こんなものに来なくてもモテそうなのに」


 繊細な質問を無神経にぶつける。さすがに気に触ったのか、加西さんはぴくんっと眉を反応させて困った顔になる。


「職場では出逢いがないもので」

「でもわざわざバツイチの集まるイベントじゃなくてもよかったんじゃないですか? もしかしておやじフェチとか?」


 無神経な馬鹿を装い、下品な笑みを浮かべながらデリカシーのない質問をした。


「ちょっとなに訊いてるのよ。そんな言い方しなくてもいいでしょ!」


 いつの間にかやって来ていた沙耶香が堪らず姿を現し、僕を咎める。お気に入りの仏壇は見つからなかったのか、僕の様子が気になって戻って来たのか、短いウインドショッピングだったようだ。


「子供が、好きだから、かな」


 ポツリと加西さんが答えた。

 もしかして加西さんは子供が産めない理由があるのかもしれない。酷いことを訊いてしまったと一瞬で後悔の念に駆られた。


「ごめんなさい。失礼なことを訊いてしまい」


 深々と頭を下げると、加西さんはぽかんとした顔になり、すぐに否定した。


「あ、違います。違うんですよ。別にわたしが子供を産めない身体とかそういうのじゃないんです。ただ子供がいる生活って楽しそうかなぁって。それだけなんです。ごめんなさい。馬鹿っぽい理由で」


 加西さんは気まずそうに目を伏せ、何か思い詰めたように口を結ぶ。


「心配しなくても子供はこれから産めるじゃないですか?」


 どこか不信感を感じたが、作り笑顔で返す。


「そうですよね。でも璃玖君みたいに可愛い子が産まれるかな?」

「そんな考えなら産まない方がいいですよ。子供はペットじゃない。可愛いとか可愛くないとか、そんな基準で見ないでください」


 嫌われようとするのではなく、自然ときつい言葉が口をついてしまった。


「子供を育てるって、賑やかで楽しいだけじゃないんです。常に待ったなしで次から次とするべきことや問題が起きて。休む暇もなく、寝る間を割いて子供に使う。突然風邪を引くとか、駄々を捏ねて言うことを聞かないとか、ぶつけることも逃げることも出来ないことの連続なんです」


 加西さんはしゅんと萎れた草花のように身を縮めて「はい」と頷く。


「子供が可愛いとか、賑やかで楽しいというのは、そんな苦労や大変さを幸せだと感じられるからなんです。璃玖は確かに可愛いです。でもそれは目がぱっちりしてるとか、髪がサラサラで柔らかいとか、そんな理由じゃないんです。愛しているから、可愛いんです」

「す、すいません」


 加西さんは委縮してしまい、俯いたままか細い声で謝った。

さすがにちょっときついことを言いすぎてしまったかと反省する。


「すいません。ちょっと言い過ぎました」

「いえ。藍田さんのおっしゃる通りだと思います。私はちょっと軽率すぎました」


寒々しい空気が耐え切れず、伝票を手に取って立ち上がる。


「今日はありがとうございました。失礼します」


 そう言い残して席を立つ。紗耶香は何も言わず呆れた顔をして僕の隣を浮遊していた。何か指摘されるのが嫌で、その視線に気付かない振りをして終始顔を顰めて足早に歩いた。



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