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成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


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世界一優しい心霊写真

「あー、なんだか安心したら成仏したくなってきた」

「そんなお腹空いてきたみたいなノリなんだ?」


 沙耶香は本当に緊張感のない幽霊だ。


「だって最初の頃付き合ってもいないのに結婚するつもりだとか嘘つくんだもん。あの時はどうしようかって本当に困ったんだからね」

「えっ!?」


 僕と甘玉さんは同時に驚きの声を上げてしまった。


「バレてないと思ってたの?」


 ジトッと睨まれ、居心地の悪さに肩を窄めた。やはり沙耶香を騙そうだなんて無理な話だった。


「ちょっとイラッとしたけど、まあ私を成仏させたいからなんだろうって思うと怒ることも出来なかったし。だったら私も騙し返してやればいいんだって思ったの」

「騙し返す? あ、もしかして!?」


 沙耶香は小生意気なペルシャ猫みたいに澄ました顔で僕らを見る。


「意識が朦朧とするとか、ボーッとして力が出ないとか、もうそろそろ怨霊になる振りをして宗大を騙したの。そうすれば演技をしている場合じゃないって焦るだろうって思ってね」

「マジかよ……本気で心配したのに」

「言っとくけど先に騙したのはそっちだからね」

「さすが沙耶香さんです。私もすっかり騙されました」


 甘玉さんは感心したように頷く。


「でもまさか本当に付き合いはじめて結婚するとは思わなかったけど。まさに瓢簞から駒ってやつ? いや、嘘から出たまことかな?」


 怨霊になりかけているんじゃないなら、こんなにことを急く必要はなかったのか。

 まんまと沙耶香に乗せられていたことを知り、全身の力が抜ける。

 でも確かにこんなことでもなければ僕は再婚することもなかっただろう。終わりよければすべてよしということにしておこう。


「結婚式はちゃんと挙げてもらうんだよ。宗大は二回目かもしれないけど、甘玉さんははじめてなんだから」

「はい。ありがとうございます。もちろん沙耶香さんの席も用意しますんで」

「なに言ってるの。元嫁が招待される結婚式なんて聞いたことないし。だいたい私はもう成仏するよ」


 その一言で僕と甘玉さんの笑顔が凍り付いた。


「成仏って……怨霊になりかけてるって嘘なんですよね? まだ成仏しなくても大丈夫なんじゃないですか?」

「もう充分だよ。ちゃんと二人が結ばれるのを見届けさせてもらったし、璃玖がそれを認めるのを確認できたし」


 晴れ晴れとしたその笑顔には一点の曇りもなかった。その表情を見て紗耶香は成仏することを決めていることを悟った。もう何を言っても止めることは、出来ないだろう。


「そんな。まだまだ色々教えて欲しいことがあるんです。璃玖君の好物とか、苦手なこととか、宗大さんと上手に付き合っていく方法とか」

「それは甘玉さんが自分のやり方で見つけたらいいの。同じようにやる必要なんてない。『ママ』とは違う『お母さん』のやり方でね」


 沙耶香はそう言ってウインクする。


「でも私、まだ自信がないんです」

「自信なんて私もなかったよ。ずっと手探りで、これでいいのかなって迷いながらママをしていたんだから」


 不安げな甘玉さんを沙耶香が笑い飛ばす。


「むしろ自信なんてあっちゃ駄目なんだと思う。いつも迷って、なにが一番なのかを考えながら接するくらいの方がいい。日々成長して変化していく璃玖を、いつでも近くで見て考えてあげて欲しい」

「はい。分かりました」


 沙耶香はすうーっと甘玉さんの隣に移動する。


「じゃあ最後に三人で写真でも撮ろうよ。カメラを三脚で立ててさ」


 ローチェストの上に置いてある僕のカメラを指さして沙耶香が言った。


「三人でっていっても、沙耶香は写らないだろ?」

「写るよ、きっと。ほら、心霊写真とかあるでしょ」

「あれは『シュミラクラ現象』といって、三つの点を見ると顔に見えるという錯覚であって──」

「そういうのいいから。ほら、早く」

「仕方ないなぁ」


 僕はカメラをセットし、タイマー機能をスタートさせてから沙耶香の隣に立つ。僕と甘玉さんで沙耶香を挟むという構図だ。

 五秒後にカシャッというシャッター音が鳴る。


「撮れてるかなぁ?」

「無理だと思うよ」


 写真を確認すると案の定、沙耶香の姿はなかった。僕と甘玉さんの間に一人分の空間が空いた、不自然な構図の写真だ。


「なぁんだ撮れてない。がっかり」

「当たり前だろ」

「私に内緒で高いお金出して買った割には使えないカメラだね」

「えっ!? き、気付いてたの?」

「当たり前でしょ。まあカメラなら子供が生まれても役立つからいいかって思って指摘しなかっただけ。十五万八千円はさすがに高すぎだと思ったけど」

「や、安いところで買ったから十二万四千円だよ!」


 唯一騙し通せていたと思い込んでいたカメラの買い替えもバレていたのか。しかも税抜き価格までバレていたとは。やはり僕ごときが沙耶香を騙すなんて出来ないのだと改めて思い知らされた。


「でも素敵な写真です」


 ディスプレイを見ながら甘玉さんが微笑む。


「私と宗大さんの間に沙耶香さんを感じます。見えはしないけれど、確かにそこにいます」


 僕たち二人の間のぽっかり空いた隙間。甘玉さんの言う通り、そこに沙耶香の存在を感じた。

 世界一優しく愛おしい心霊写真だ。

 僕たちはしばらく言葉もなくその写真を眺めていた。


「さて。じゃあそろそろ逝くね」


 沈黙の帳を破り、沙耶香が人差し指を天井に向けて笑う。


「ああ、分かった」


 引き留める言葉を何とか押し留めて僕は答えた。


「じゃあ甘玉さん、宗大と璃玖をよろしくね」

「はい。必ず璃玖君を立派な子に育てます」


 甘玉さんはキュッと口許を真一文字に引き締め、涙を堪えていた。


「立派なんかじゃなくていいの。ただ元気で明るく伸び伸びと育ててくれれば」


 沙耶香は半透明な手を甘玉さんの頬に差し伸べ、涙を拭おうとした。


「今までありがとうね、宗大。これでお別れだけど、ちゃんと空の上から監視してるからね。しっかり頑張って」

「沙耶香っ……僕の方こそ、ありがとう」

「ちょっと、泣かないでよ。私はもうとっくに死んでるんだから。二度目のお別れは笑顔でしようよ」

「本当に璃玖君と会わずに逝っちゃうんですか?」


 甘玉さんは呼吸を詰まらせながら問い掛ける。

 沙耶香の笑顔が一瞬だけ揺らぐ。しかしすぐに口角をキュッと上げ、晴れやかな顔に戻る。


「うん。そんなことしたら、せっかく新しいお母さんと暮らしていこうと決意してくれた璃玖に申し訳ないもん」


 微笑んだまま、沙耶香は涙の後をひとすじ頬に作った。

 次の瞬間、沙耶香の身体が青白く発光し、ゆっくりと姿が薄れていく。


「じゃあね。甘玉さん、宗大と璃玖をよろしくお願いします」

「はいっ……頑張りますっ」


 泣きながら答える甘玉さんに、沙耶香が優しく頷く。


「宗大。甘玉さんが来てくれるからって家事とか育児をサボっちゃ駄目だよ」

「沙耶香っ……! 逝くな! まだここにいてくれ」


 堪えようとしていた本音が漏れてしまう。そんな駄目な僕に、紗耶香は優しく呆れた顔をした。


「ありがとう。でも無理みたい。今までありがとう。わたし、宗大と出逢えて、結婚できて、幸せだった」

「僕もだ。沙耶香と一緒に生きることが出来て、本当に幸せだった。ありがとうっ」

「私はもう、宗大と一緒に生きられないけど、これからは璃玖と、甘玉さんと幸せに暮らしてね。私の分まで、長生きして。璃玖が大人になって、結婚して、子供を作るまで、しっかり生きてね」

「分かってる。孫を抱いて、なんならひ孫を抱くまで生きてやる」


 固く拳を握り、爆発しそうな感情をなんとか抑えつける。爪が手のひらに食い込んでも、更に強く拳を握り締めていた。


「それは欲張りすぎでしょ?」


 沙耶香は涙を拭いながら笑った。その姿は、もうほとんど消えかけていて見えない。


「じゃあね。璃玖によろしく。私は天国でみんなを見守っている。いつまでもね」

「紗耶香っ!」

「紗耶香さんっ!」


 僕たちの呼び声と共に紗耶香はふわっと消えてしまった。

 紗耶香との二度目の別れ。もう二度と逢えない、本当のお別れ。

 紗耶香がいなくなった部屋は静まり返り、胸の奥はいつまでも棘が刺さったような鈍い痛みが続いていた。


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