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成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


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報告

 ポケットから部屋の鍵を取り出す前にもう一度衣服の乱れを確認して、髪を手櫛で整えた。

 璃玖はいない。沙耶香と話してから迎えに行くつもりだ。

 鍵を持つ手の震えを止め、ドアを開ける。


「ただいま」


 返事はない。僕は電気を点けずにリビングへと向かった。


「紗耶香。いるか?」


 呼びかけるとぼんやりとした光を纏いながら紗耶香が現れる。


「うらめしやー」


 両手の甲を僕に向けながらぬーっと僕の前へと滑ってきた。


「ただいま」

「つまんない。最近幽霊ごっこしても驚いてくれなくなった」

「もう何度も見せられているからね」

「で、どうしたの? 灯りもつけないで。璃玖はどうしたの?」

「いま、甘玉さんと会ってきた」


 もう何度もしているデート報告なのに声が震えてしまった。紗耶香の眉がぴくっと動いたように見えたのは、僕の見間違いなのかもしれない。


「そうなんだ。なかよくやってるんだね」


 『なかよし』が僕と紗耶香の間での隠語だったので、つい動揺しそうになった。


「甘玉さんと結婚しようと思う。璃玖にも伝えるつもりだ」

「へぇ! おめでとう!」


 紗耶香はぱあっと表情を明るくして祝福してくれた。


「ありがとう。誰よりも先に紗耶香に伝えたくて」

「そっか、そっか。まぁあの子は若いわりにはしっかりしてそうだし、璃玖のこと可愛がってくれそうだし。あ、結婚式はなるべく早くしてよね。気付いているかもしれないけど私、そろそろ成仏しないとヤバそうだから」

「結婚式はいいよ。とりあえず入籍だけ」

「そんなの駄目だよっ!」


 突然紗耶香は大きな声を上げて目を吊り上げた。


「結婚式は女の子の憧れなんだよ? 宗大は二回目かもしれないけど、甘玉さんは初めてなんだから。絶対にしなきゃ駄目!」

「う、うん。わかったよ」


 あまりの気迫に僕は勢いで頷いた。


「ヤバい。嬉しすぎて泣きそう」

「大袈裟だな」

「だってこれでようやく安心できるんだもん」

「ごめんな、心配かけて」

「ほんとだよ。心配ばかりかけて。てかなんで宗大も泣いてるのよ」

「僕も嬉しすぎて泣いてるんだよ」

「そっか。じゃあ一緒だね」


 紗耶香の発光以外に灯りがない部屋に、僕たちの涙声や鼻をすする音だけが響いていた。

 僕たちは二度目の別れの時は、もうすぐそこまで迫っていた。



 九時過ぎに迎えに行くと、璃玖は沈んだ表情だった。迎えが遅かったことに落ち込んでいるのかと思い遅くなったことを謝ると、璃玖は「お仕事だから仕方ないよ」と大人びた言葉を返してきた。


「元気ないな?」

「うん。美月ちゃんとけんかしちゃった」

「美月ちゃんってあの璃玖が結婚したいって思っている美少女ちゃんか」


 璃玖はこくんと首で返事をする。

 喧嘩の理由を聞くと、璃玖は話してくれた。「えっと」とか「それから」ばかりの拙い璃玖の説明は分かりづらかったが、ようは年度末の発表会で何の曲を演奏するかで揉めて喧嘩になったらしい。


「ぜったい、きらわれちゃったと思う」

「大丈夫だよ。明日ちゃんと謝れば許してくれるさ」

「ううん。むりだよ。だって美月ちゃん、泣いてたもん」


 璃玖は絶望に打ちひしがれたような顔で首を振る。


「璃玖は美月ちゃんと結婚するんだろ? それくらいの喧嘩をしたくらいで落ち込んでたらきりがないよ」

「結婚もむりだよ。きらわれちゃったんだから」

「それくらいの喧嘩、結婚したらしょっちゅう訪れるよ」


 笑いながら頭を撫でると、璃玖は「そうなの!?」と驚いた。


「じゃあパパとママもけんかした?」

「ああそりゃもう。パパはしょっちゅうママに叱られてたよ」

「そうなんだ」


 璃玖は光明が差したかのように晴れやかな顔になった。僕の情けない話も璃玖の慰めに昇華するなら本望だ。


「喧嘩して仲良くなっていくもんなんだよ」

「そうなんだ? へんなの。けんかするのになかよくなるなんて」


 璃玖は不思議そうに首を傾げる。

 きっとこれから璃玖は幾つもの辛いこと、悲しいこと、頭にくることを体験していく。時には辛くて投げ出したくなることもあるだろう。

 一つひとつ助けてあげたくなるだろうが、そこはグッと堪えなければならない。親は手を貸しすぎず、見守るしかない。そうすることで子供は成長していくのだから。


「肩車してあげようか?」

「うんっ!」


 僕が屈むと璃玖は意気揚々と登ってくる。久々に肩車する璃玖はずっしりと重く、その成長を感じさせられた。


「重くなったなぁ」

「ほんと? むかしはもっと軽かった?」

「ああ。昔は軽かったよ。小鳥が乗ってるくらいだった」


 璃玖の昔は僕にとってはつい最近だ。でもやがて本当に遠い昔になっていくのだろう。

 僕はあと何回こうして璃玖を担げるのか。今こうして璃玖と共に生きていける喜びを噛みしめながら、家までの道をよたよたと歩いていた。




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