表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/39

揺らぐ心

 年末に付き合い始めた振りをして一ヶ月。

未だに沙耶香が成仏してくれそうな気配はない。


璃玖を交えて三人で出掛けたり、甘玉さんをうちに招いたりと仲良しアピールはしているが、それだけでは沙耶香の心配は解消されないようだ。

 あまりいつまでも甘玉さんに恋人の振りをしてもらうのも気が引ける。効果がないようならば他の手段も考えなくてはいけないだろう。

 そんなことを甘玉さんに伝えると「私なら大丈夫ですから」と逆に気を遣われてしまった。


 でも問題は甘玉さんへの迷惑だけでもなくなってきている。

 璃玖の問題だ。

頻繁に一緒に遊びに行ったり、家に来てもらっているのだから、璃玖はかなり甘玉さんに懐いてしまった。


 当然の成り行きだろう。

それをすっかり失念していたんだから、やはり僕は駄目な父だ。

やがて沙耶香が成仏してくれて、甘玉さんと疎遠になっていったら璃玖は悲しむかもしれない。あまり依存しすぎないうちにケリを付けなければならないだろう。


 それに僕の問題もあった。

 最近甘玉さんと話をしたり、遊びに行くと安らぎを感じてしまうことがあった。

 一人で子育てをしていると時おり不安になる。

どうしたらいいのかと悩んだり、息つく暇もなくて気が滅入ったりすることもあった。そんなとき甘玉さんに相談すると落ち着いた。


次第に子育ての悩みだけではなく、安らぎまで求めてしまっている気がしていた。

 でも甘玉さんにそんな感情を持ってしまうのは、裏切り行為だ。

甘玉さんは沙耶香を成仏させるために手を貸してくれているだけだ。その親切心につけ込んで特別な想いを寄せるのは、彼女の優しさに甘えた裏切りだろう。

 僕も璃玖もこれ以上甘玉さんに依存してしまう前に、早く沙耶香に成仏してもらわなくてはいけない。



「ここにママが眠っているの」


 お墓の前に立った璃玖は甘玉さんに説明した。


「そうなんだね」

「でもね、ずっとここにいるわけじゃないんだよ。いつもは空の上からりっくんのことを見守ってくれてるんだ」

「優しいママだね」


 甘玉さんは優しく微笑みながら璃玖の頭を撫でる。

 沙耶香のお墓参りに行くことを提案したのは甘玉さんだった。

 亡き妻の許しを得るためにお墓を参るというのはドラマなどでもよく見るし、実際大切なことなのだろう。

 物言わぬ墓石の前に並ぶ甘玉さんと璃玖を見て、なぜだか胸がキュッと痛んだ。


「墓前にはちゃんとビールもお供えしてね。あ、あとおつまみも」


 俗にまみれたお供え物を要求する霊がいなければきっともっと感動的な場面だったに違いない。


「璃玖にバレるぞ」


 小声で窘めると沙耶香はつまらなそうに姿を消した。

 沙耶香に甘玉さんと墓参りに行くと伝えると「主役が行かなきゃ始まらないでしょ」と言って当然のようについてきた。

璃玖にバレないように姿を消しているが、たまに出て来てはこうして悪ふざけをしたがる。


 もちろん沙耶香が着いてきたということは甘玉さんも気付いている様子だった。でも素知らぬ振りを貫いてくれている。


「ここにお花を入れて、ここにお線香を入れるの」


 ここ数ヶ月ですっかり墓参りの仕方を覚えた璃玖が花を雑に活け、そこに柄杓で水を注ぐ。

その隣で甘玉さんがライターで線香を点けようとしている。しかし風が吹いていてうまく火を点けられない。


「大丈夫ですか?」


 僕は風除けのために手を翳し、その隙に甘玉さんが線香に着火した。煙が上がりふわっとその香りが鼻腔をつく。

今でもこの香りを嗅ぐと紗耶香のお葬式を思い出してしまい、涙腺が熱くなってしまう。慌てて空を見上げると、甘玉さんも空を見上げて僕の涙に気付かなかった振りをしてくれた。


 線香を三等分し、一人づつ順番に手を合わせる。

静かに目を閉じて祈る甘玉さんは、なにを祈ってくれているのだろう。その横顔からは分からなかった。


「璃玖。お水がなくなったから汲んできて」

「うん!」

「あ、こら。お墓で走っちゃダメだよ」


 璃玖が遠ざかっていくのを確認してから僕と甘玉さんは目を合わせて頷いた。


「紗耶香。僕はこの人、甘玉麗奈さんと結婚を前提に付き合っている。許してくれるかな?」

「奥様、初めまして。甘玉です。突然すいません。そしてご挨拶が遅くなってしまい、すいません。真剣に宗大さんとお付き合いさせてもらっています」


 手を合わせながら墓石に語り掛けると、消えていた紗耶香がゆっくりと現れる。

 通常の人は霊が見えないし、発している言葉も聞こえない。その人と会いたいと強く願う人だけに見えるそうだ。以前紗耶香がそう言っていた。

 だからきっと甘玉さんにも見えていないのだろう。でも霊感が強い彼女はそこに紗耶香がいるということは感じ取っているはずだ。


「単刀直入に言うけど、宗大と再婚するってことは璃玖の母親になるってことなの。若いあなたにその覚悟はあるの?」


 聞こえないと知りつつも紗耶香は甘玉さんに問い掛ける。いや、僕に対して言っているのかもしれない。


「奥様がお亡くなりになられてから一年も経っていないのに、申し訳ありません。失礼を承知で申し上げますが、私は宗大さんとゆくゆくは結婚したいと思っております」

「結婚はいいの。母親になれるのって訊いてるの」

「もちろん宗大さんと結婚するということは、璃玖君のママになることでもあります。私では至らないこともあると思いますが、精一杯璃玖君を育てさせてもらうつもりです」

「至らないことがあっては困るの。大切な息子なんだからしっかりと育ててもらわないと」


 話がかみ合っているのか、いないのか、微妙なやり取りだ。

甘玉さんには紗耶香の声が聞こえていないのだから仕方ないが、少なくとも甘玉さんの演技はなかなかのものだった。これも芝居好きの賜物なのだろうか?


「甘玉さんは璃玖の保育所の先生なんだ。だから子供との接し方も上手だし、璃玖の方も懐いてくれている」


 むしろ僕の方の演技に問題があった。

紗耶香が成仏できずに霊としていることを甘玉さんに隠しつつ付き合っているという振りをして、実際は甘玉さんが霊体である紗耶香に気付いていることを隠さなくてはいけないという、実にややこしい役どころだ。


「だいたい私なんかよりも、璃玖に許可をもらう方が大切でしょ! 私はもう死んじゃってるんだからどうだっていい。それより璃玖にあなたが母親になってもいいと認めてもらうことが大切なんじゃないの?」

「それはっ……」


 厳しい沙耶香の指摘に思わず返事をしかけてしまう。

 甘玉さんは不安げに僕を見た。


「お水、汲んできたよ-!」


 嘘が綻びそうになったのを救ってくれたのは璃玖だった。沙耶香は慌てて消え、ひとまず誤魔化すことが出来た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ