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成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


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ジュエリーショップ

 璃玖の前でする類の話ではないので、会話はそこで一旦途切れる。店を出た後、僕は甘玉さんに告げた。


「今度は僕の行きたいところに付き合ってもらってもいいですか?」

「もちろん。どこですか?」


 その問いには答えず、一階まで移動する。

 化粧品売り場を抜け、辿り着いたところは──


「えっ……ここって」

「ジュエリー売り場です」


 僕がそこに立ち入るのは結婚指輪を買ったとき以来だ。


「僕から指輪をプレゼントさせてください」

「そんな……いいですよ、そんなの」

「よくないですよ。こういうのは形から入らないと」


 偽りの交際だからこそ形式に拘った方がより真実味が出るというものだ。

 今や沙耶香だけでなく騙す人が増えた。そのしつこい幼馴染みも騙さなくてはいけない。なおのこと偽りに真実味を持たせ、磨きをかけた方がいいだろう。


 そのことを説明すると甘玉さんは神妙に頷き、ケースに入る指輪を品定めしはじめた。

 甘玉さんの隣では璃玖も品定めをしていた。


「りっくんはこれがいい! 美月ちゃんに買ってあげようかな?」


 おませな発言に僕と甘玉さんは目を見合わせて笑う。


「これはすごく高いんだよ。璃玖のお年玉じゃ買えないくらい」

「えー? そうなんだ」


 璃玖は残念そうにケースの向こうのダイヤをあしらった婚約指輪を眺めていた。


「じゃあ、あの……これを……」


 甘玉さんが申し訳なさそうに指さしたのは、偶然にも沙耶香が結婚指輪として選んだのと同じブランドのものだった。

 とはいえそれはシルバーのリングで、ハート型のデザインの石が埋め込まれているささやかで可愛らしいものだ。


「これでいいんですか? シルバーじゃなくてプラチナのものでもいいんですよ?」

「ううん……これがいいです」


 話し方からみて夫婦には見えず、かといって子連れだから恋人にも見えない。

 そんなややこしそうな僕たちだが、それはそれでよくあるケースなのか、それとも何か適当に勘違いをしてくれたのか、店員は慣れた感じで接してくる。


 指に嵌めてみると慎ましいそのリングは、綺麗に丸く切り揃えられた透明な爪とも馴染んでいた。

 華奢な手を光りに翳して微笑む姿は、悪戯に指輪を嵌めた少女のように可憐に見えた。


「とても似合ってますよ」

「そうですか? ありがとうございます」


 自分で買いますからと恐縮する甘玉さんをなんとか押し切り会計を済ませる。


「よかったね、先生」

「うん。綺麗だね」

 甘玉さんは手のひらを翳し、安物のリングを誇らしげに璃玖に見せて微笑んでいた。



 その日の夜、甘玉さんとメッセージのやり取りをし、二日後に僕が甘玉さんに言い寄る男と会うことで話が纏まった。

 璃玖が寝かせてからリビングに戻ると、今日の報告を聞くために紗耶香が待ち構えていた。


「どうだった? なんか進展あった?」

「なにを期待してるんだよ。璃玖もいるんだし、別に進展なんてしてないよ」

「まどろっこしいなぁ。早くしないと私、怨霊になっちゃうからね」

「どんな脅し文句だよ、それ」


 呆れ笑いが出てしまう。


「今日は一応甘玉さんに指輪を買った」

「おー。婚約指輪?」

「そんなわけないだろ。安物のシルバーリングだよ」

「えー? 三十過ぎてそんな安物プレゼントしているようじゃフラれるよ?」


 謗りながらもちょっと嬉しそうだ。

 僕の恋の進展を喜ぶ顔を見て、ちょっと胸の奥が痛んだ。


「明後日、また会うことになってる」

「おおっ、いい感じだね」

「今度は璃玖を連れていかない。二人きりだ」


 紗耶香の目を見て言うつもりだったが、僕の視線はテーブルに落ちたままだった。


「そうなんだ。じゃあ次はキスくらい出来るかもね」


 沙耶香は弾んだ声でそう言った。戸惑いも躊躇いもない、嬉しそうな声だった。


「沙耶香はそれでいいの? なんでそんなに割り切れるんだよ!」


 余裕ぶった態度を演じきれなくなった僕は、声を荒げて顔を上げた。


「いいに決まってるでしょ?」


 沙耶香は笑っていた。

 目に涙を湛えながら、笑っていた。


「紗耶香……」

「そりゃ悔しいよ。もっと一緒にいたかったし、璃玖の成長を見届けたかったし、宗大と一緒に年を取りたかった。悔しいよ。それがもう私には出来ないんだから」


 余計なことを訊いてしまった自分の迂闊さに腹が立って唇を噛む。


「でも私が一緒に出来なかったことも、二人にはしてもらいたいの。璃玖の健やかな成長も、あなたの幸せも……せめてそれを願うことくらい許してよ。私の死のせいですべてが止まったままなんて、そんなの嫌なの!」

「ごめん……悪かった」


 反射的に抱き締めようとして僕の手が空を切る。


「だから触れないんだってば。いい加減覚えてよね」


 沙耶香は涙を指で拭い、呆れながら笑っていた。



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