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成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


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新春初売り

 新春初売りセールのデパートは主に若い人達でごった返していた。

 おとそ気分なんて無縁な世代は、お正月の微睡んだ時間が退屈で仕方ないのだろう。

 僕も昔は新年のぼんやりした空気が好きではなかった。しかし自分が結婚し、璃玖が生まれ、家族が出来ると嫌いではなくなった。これも『大人になる』ということの一つなのかもしれない。


 璃玖はおじいちゃんや親戚から集めたお年玉を持ってワクワクした顔をしている。

今までは貯金させても文句一つ言わなかったが、お金の持つ力を知り始めた彼は全額貯金に断固反対してきた。


「無駄使いは駄目だよ?」

「うんっ!」


 甘玉さんを待つ間も待ちきれない璃玖は、終始そわそわした様子だ。

 人ごみを眺めながら、僕は家に一人残してきてしまった紗耶香のことを考えていた。

 少し若すぎるということに若干不安はあるようだが、璃玖が懐いているということで僕の再婚相手として悪くないと判断しているようだ。今のところ僕たちの嘘がバレている様子はない。


「すいません、お待たせしてしまって」


 甘玉さんは小走りに駆けながらやって来る。

 今日もダッフルコートを着たスカート姿だ。保育所内とは違い、しっかりと化粧を施された顔も綺麗だ。


「あけま──」


 新年の挨拶をしかけた甘玉さんは僕が喪中だったことを思い出し、慌てて言葉を飲み込んで「おはようございます」と会釈をしてきた。


「おはようございます。新年早々すいません」

「いえいえ。私も初売りセール来たかったんで」


 甘玉さんは解けかけたマフラーを直しながら、白い息を吐て微笑む。


「はやく行こう!」


 璃玖は彼女の手を掴み、抑えきれない興奮でそう促した。


「どこに行くの?」

「おもちゃ屋さんっ!」

「こら、璃玖。落ち着きなさい」


 僕の諫める声など気にした様子もなく、璃玖は先へ先へと急ぐ。


「すいません」と謝ると甘玉さんは笑顔で首を振り、璃玖に引かれるままについていく。

 買い物客の多くは福袋が目当てらしく、人気の店には長蛇の列が出来ていた。


「甘玉さんも福袋を買うんですか?」

「はい! 今まで買ったことなかったんですけど」

「璃玖。ちょっと待ちなさい」


 捕まった璃玖は遊びの一貫のようにバタバタもがいた。売り切れてしまうとマズいので先に福袋を購入してからおもちゃ売り場へと向かった。

 おもちゃ売り場はお年玉を手に入れた子供たちで大盛況だ。


「あ、こんなのもある! あ、こっちには変身リングもっ!」

 璃玖はそんな子供たちの群れに紛れて歓喜の声を上げていた。

 あれこれと目移りする璃玖に甘玉さんは根気よく付き合ってくれる。


「どれか一つだからね」

「わかってるよ、もうっ!」


 璃玖は興醒めさせるなというように頬を膨らませる。

 ひとまずの買い物が終わり、お昼ごはんはデパートにあるうどん屋に入った。

 璃玖は選びに選び抜いて買った魚釣りゲームを、袋の隙間から見詰めている。開けちゃ駄目だと釘を刺しているから堪えてくれているが、目つきは餌をお預けさせられた犬そのものだ。


「お正月から疲れさせてしまってすいません」


 ようやく席に案内され、一息つけた。


「私の方が愉しんじゃってますから」


 甘玉さんは柔やかに返してくれる。璃玖はすっかり甘玉さんに懐いてしまい、僕ではなく彼女の隣に座っていた。

 うどんが運ばれてくると甘玉さんは璃玖のためにお椀にそれを移してくれる。こうしてみると本当に親子に見えてくる。


「今日はどうでしたか? その……気付かれた様子はありますか?」


 璃玖の前なので主語を省いて甘玉さんが訊ねてくる。


「いえ、それは大丈夫です。今日も初売りセール行ってくると言ったんですが、『頑張って来い』と背中を押されたくらいでして」

「そうですか」


 僕の言い方がおかしかったのか、それともその様子を想像したのか、甘玉さんは口許を軽く押さえて笑う。


「甘玉さんはお正月休みでお母さんとゆっくり出来ましたか?」

「そう……ですね。まあ、はい」


 途端に浮かべていた微笑みを曇らせ、歯切れ悪く曖昧に頷く。


「なにかありましたか?」

「いえ……そんなことはありませんけど」

「何か困ってることがあったら言ってください。僕も甘玉さんに助けてもらってるんですから」

「はい……ありがとうございます。実は」


 甘玉さんは肩を窄め、言い辛そうに俯く。


「子供の頃から近所に住んでる幼なじみがいるんですけど……その方が昔から……なんというか……私に好意を持ってくれているみたいなんです」


 その口振りから見ても相思相愛というわけではないのは理解できた。


「私はお断りしてるんですけど……今回帰郷した際にも家までやって来まして……」

「なるほど。甘玉さんは可愛いですもんね」

「か、かか可愛くなんかは、ないですけどっ……」


 甘玉さんは脳の回路がショートする音が聞こえそうなほど顔を真っ赤にして俯く。その姿も可愛かったが、これ以上言うと余計に萎縮させてしまうだろうからやめておく。


「そういうのって大変ですよね。なかなか諦めてくれない人だと余計に」

「そうなんです……なんで私なんかにって思うんですけど……だから、その……」


 甘玉さんのモジモジはまだ止まらなかった。むしろさっきよりも何か言いづらそうに固まってしまっている。


「どうしました?」


 促すように顔を覗き込むと、甘玉さんは真っ赤な顔をし、上目遣いで僕を見た。


「その……か、彼氏が……出来たって嘘をついて、お断りしたんです……」

「なるほど。それはいい考えかもしれませんね」


 それで諦めてくれるかは分からないが、しつこい相手には隙を与えないのが一番だろう。


「ところがそれで納得してくれなくて。今度はどこのどいつだって怒り出してしまって……そんなのは作り話だ。証拠にその彼氏を連れて来いって……」

「鬱陶しい人ですね」


 かなりたちの悪そうな相手だ。

 甘玉さんが強く拒否できないことをいいことに、しつこく迫ってくるような男なのだろう。


「もしよかったら僕が彼氏の振りをして会いますよ」

「いえっ……そういうわけにはっ……」

「大丈夫ですよ。いつもこちらがお世話になってるんですから恩返しさせてください」

「そんな。申し訳ないですから。何をしてくるか分からないような人ですし」

「なんのはなし?」


 僕たちの話が盛り上がってきたので、璃玖も気になったようで口を挟んできた。


「何でもないのよ。あ、これ凄いね」


 甘玉さんは慌ててお子様セットについてきたおもちゃの話にすり替える。

 しょせん五歳児の璃玖はまんまとその術に引っ掛かり、おもちゃ自慢をし始めた。甘玉さんは大袈裟に「すごいねー」などと相槌を打っていた。




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