思わぬ協力者
死んだはずの妻が僕の前に霊体となって現れたこと、再婚しないと成仏できないということ、劇団員の加西さんとはお見合いパーティーで知り合ったこと、そして最近霊体の沙耶香の意識が薄れつつあること。
そのすべてを甘玉先生に伝えた。
「すいません。急にこんなこと言われても訳わからないでしょうけど」
こんな荒唐無稽な話、誰が信じるだろう。言ってしまってから後悔をする。
自分が痛い奴と思われるだけならまだいいが、彼女は息子の先生だ。おかしな親に育てられているおかしな子と思われてしまったら最悪だ。
「なるほど。奥様は心配されて成仏出来ないんですね」
「えっ……今の話、信じてくれたんですか?」
予想外すぎるリアクションに耳を疑った。
「はい。嘘をついてらっしゃる感じじゃなかったですし、それに……」
甘玉先生はちょっと躊躇ってから言った。
「私、実はちょっとだけ霊感があるんです」
「れ、霊感?」
「はい。先日お宅に訪問した際、感じたんです。霊の気配を」
「は、はあ……」
とんでもない打ち明け話をしたのは僕の方なのに、完全にこちらが面食らう展開だった。
「霊って言っても怨念とかそういうのじゃないんですよ。護られるような、優しくて温かい、気配です。だからすぐにピンと来ました。ここには璃玖君のお母さんの霊が宿っているって」
「驚いたな」
甘玉先生もふざけたり、嘘をついているようには見えなかった。
「もちろん姿形は見えないですし、声も聞こえませんでしたけど。でも確かにそこにいて、見守っているのは感じました」
「あ、だからなんですね」
僕はあることを思い出し、頷いた。
「何がです?」
「我が家のキッチンに入るときです。先生は突然『お邪魔します』って言いましたよね? なんでそんなこと言うんだろうってちょっと不思議だったんですけど、あれは妻の霊に言った言葉だったんだ」
「そうです。よくそんなこと覚えてましたね」
甘玉先生は驚いたように笑った。
「お会いしたことはないんですけど、奥様の気配のようなものを感じまして。キッチンをお借りするのにご挨拶をさせて貰いました」
「ちなみに今は感じてますか?」
今日は沙耶香はついてきていない。疑うわけじゃないけれど、もし甘玉先生が適当に話を合わせてくれているだけなら「感じる」と言うかもしれない。
ちょっと意地悪な質問に、甘玉先生は「うーん」と言いながらキョロキョロした。
「今は感じないですね。というより、今日はお会いしたときから一度も感じません」
「そうです。今日は来てません。本当に霊感があるんですね。試すようなことしてすいませんでした」
「いえ。霊感なんてふつうなかなか信じてもらえませんから」
僕だって自分が見えるまでは霊なんてものは信じていなかった。やはり彼女は本当に霊感が強いのだろう。
「やっぱり成仏させないとマズいんでしょうか?」
「そうですね……私もそんなに詳しいわけではないんですけど、成仏して頂いた方がいいと思います」
甘玉先生は声のトーンを下げる。
「以前感じていた悲しげな霊が、ある日突然憎しみを持ったものに変わったのを見たことがあるんです。やはり成仏できない霊というのは奥様が言う通り怨霊のようなものに変わってしまうのかもしれません」
「そうですか……」
あんなに明るくて、優しくて、ちょっと怒りっぽいけどすぐに機嫌を直して、そんなところも含めて可愛くて素敵な沙耶香が怨霊になってしまう。
死んでもまだ安らぎを得られないなんて、そんなひどい話はない。
ギュッと強くハンドルを握り、唇を噛み締めた。
沙耶香を成仏させなければいけない。でもそのためには再婚して安心させなければならなかった。それもなるべく早く。
「あの……差し出がましいようですが」
甘玉先生は顔を強張らせ、やや緊張した声で言った。
「よかったら奥様に成仏して頂くお手伝いを、私にさせてもらえませんでしょうか?」
「えっ!?」
驚きのあまり振り返ってしまい、慌てて視線を前方に戻した。
「でもそれはっ……」
「あ、ち、違いますよ! 本当に私と再婚するわけじゃないんです。結婚する振りをすれば、奥様も安心されるのかなぁって」
甘玉先生は慌ててそう説明してくれた。
「なるほど。確かにそういう方法もありますね。気付きませんでした」
「奥様を騙すようで申し訳ないですけど。でも時間がないなら、早く安心させてあげなければいけませんし」
「いいアイデアだとは思いますけど。でもご迷惑なのでは?」
結婚するとひと言告げただけで沙耶香が納得するとも思えない。
騙すとなればそれなりに時間も演技も必要となってくるだろう。
それを甘玉先生にお願いするのはさすがに気が引けた。
「いえ。私はいいんです。私と似た境遇だから璃玖君には幸せになって欲しいんです。もちろん藍田さんにも、奥さんにも、幸せになって頂きたいですし」
事情を知った上で協力してくれる。正直これ以上ありがたい申し出はないだろう。
「い、いいんですか?」
「もちろん。むしろ私がやらせてもらいたいんです。今まで霊感が強くてもなんの役にも立ちませんでした。おばけなんて見たくないのに見てしまって。こんな力なければいいのにって思ってました」
甘玉先生は明るく笑いながら言った。
「この力で奥様に成仏して頂くことで、せめて人のために役立てたいんです。それにもしかしたらこのために私はこの力を神様から頂いたのかもしれません」




