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成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


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信頼できる後任

 芹那さんは長い時間をかけて沙耶香の位牌に手を合わせていた。きっと心の中で色々話し掛けているのだろう。ぷかぷかと浮かぶ紗耶香はその背中を申し訳なさそうに見詰めていた。

 見つかるぞと手で訴えると沙耶香は渋々消えていった。なんだか出来の悪いコントみたいな光景だ。


「沙耶香に会いに来て頂いて、ありがとうございます」


 お参りが終わった芹那さんにお茶を淹れる。


「私もお参りさせてもらいたいと思っていましたので」


 芹那さんは楚々とした仕草で頭を下げた。

 沙耶香の二歳年上だから三十五歳のはずだが、落ち着いた雰囲気はもっと歳上にさえ感じさせられる。もちろん劣化的な意味合いではなくて。


「璃玖君もお元気ですか?」

「はい。おかげさまで。せっかく来て頂いたのに出掛けてしまっててすいません」


 璃玖は実家に預けていた。これも沙耶香の作戦の一つだった。


「残念です。会いたかったなぁ」


 芹那さんは目を細めて微笑み、写真立てに飾られている璃玖の写真を眺めていた。

そのまなざしから本当に残念がっているのが伝わってきて、なんだか申し訳ない気持に陥った。

 子供好きという点でも再婚相手として相応しいのかもしれない。ついそんな視点で芹那さんを見てしまう。


「早いものでもう半年以上経ったんですね」

「ええ。そうですね」


 主語がなくてもそれが何を意味するか分かる。恐らく十年後でも二十年後でも、僕と芹那さんの間では主語がなくても伝わるのだろう。

 誰が忘れても僕が忘れないということで、いつまでも紗耶香は僕の中で生き続けている。


「でもちょっと安心した。宗大さん、思ったよりも元気そうで」

「毎日子育てに追われていますから。悲しむ暇もないくらいです」


 本当はそれだけじゃなく、毎日紗耶香と話が出来ているからだ。

霊体とはいえ、紗耶香と再び会えるようになってからは以前より落ち込まなくなった。会社の同僚や知り合いからは「最近明るくなったね」とよく言われる。


「きっと沙耶香も天国で安心していると思うわ」

「だといいんですけどね」


 実際はこの部屋でヤキモキしていると知ったら芹那さんもさぞ驚くことだろう。


「まさかこんなに突然死んじゃうなんてね。私は今でも信じられないの」


 芹那さんは優しい目で写真の中の沙耶香を見詰めた。


「僕もですよ。今でも沙耶香と芹那さんとはじめて会った夜のことを思い出します」

「懐かしい」


 僕たちが出逢ったのはどこにでもあるチェーンの居酒屋店だった。大学時代の友人と飲んでいた僕は隣の席に座っていた沙耶香に一目惚れをしてしまった。

 それを察した友人が声を掛けたところから始まった。


「いきなり声を掛けられてびっくりしたのをよく覚えてる」

「すいませんでした」

「藍田さん、汗をかきながらも話を繋げようとして必死だったから、おかしくて。こんな口下手で真面目そうな人がナンパなんてするんだって」


 ごめんなさいと謝りながら芹那さんは口許を押さえて笑う。恥ずかしさでまた僕は汗をかいてしまった。


「普段はナンパなんてされても相手にしない沙耶香がやけに返事をするから珍しいなぁって思ってね。これはもしかしたら沙耶香も乗り気なんじゃないかってピンと来たの」

「そうなんですか? すごく刺々しい返しだったし、僕のことをからかってくるから嫌われてるのかと思いましたよ」

「あの子の場合はそういうの、分かりづらいからね。藍田さんたちと別れて居酒屋を出た後、沙耶香はずっと藍田さんのこと話してたわ。変わった人とか、キョドり方が可愛いとか。あ、ごめんなさいね」

「いえ……」

「沙耶香は藍田さんのことからかって笑っていたけど、ちょっと頬を赤らめていて照れてるのが可愛いなって思っちゃった」


 沙耶香とは何度も話した出逢いの夜の話だけど、違う視点からの話を聞くのははじめてだったから新鮮だ。


「顔が赤かったのは酔っ払っていたからです! それにそういう芹那さんだって宗大のこと『悪くない』って言ってたじゃないですか!」

「きゃあ!?」


 突然沙耶香が怒りながら天井から降って現れ、芹那さんは驚きのあまりお茶を溢して椅子を倒して転んでしまった。

 打ち合わせとまったく違う登場の仕方だ。

 恥ずかしさのあまり堪えきれなくなったのかもしれないが、もっと静かに現れて欲しかった。


 持参していた数珠を握り締める芹那さんに、沙耶香が成仏出来ずに霊となってしまったことを二人で説明する。にわかには信じられない話だが、現に目の前に霊体として沙耶香が現れているのだから芹那さんも信じざるを得なかったようだ。

紗耶香が見えるということは、芹那さんも強く紗耶香と会いたいと願っていたことの証左だ。二人の強い絆を再確認出来て僕も安心した。


「すいません。騙してうちに呼んだりして」と僕は頭を下げる。

「いえ、それはまあ……むしろ沙耶香が霊となって現れたので会いに来てくださいって誘われたら、絶対にお邪魔しなかったでしょうし。それにこうして沙耶香と会って話せたんだから、嬉しいんですけど」


 芹那さんはどこかに投写機がないか探るように見回してから、もう一度半透明の沙耶香に視線を向けた。


「突然死んじゃって、すいませんでした」


 軽口を叩くように謝られて、芹那さんも困惑している。


「紗耶香が謝ることじゃないでしょ。辛かったよね、紗耶香……」


 二人は目も声も涙で滲ませ、見詰めあう。

芹那さんは手を伸ばして紗耶香に触れようとしたが、当然その手は空を掴むだけだった。

 そんな二人のやり取りに僕も目頭が熱くなる。


「私は璃玖と宗大のことが心配で成仏できないんです」


「紗耶香らしいわね。大丈夫。二人はしっかりしてるし、私だって協力できることがあるなら協力するから」

「ほんとですか! ありがとうございます」


 言質を取ったとばかりに紗耶香はにっこり笑った。


「じゃあ芹那さん、宗大と再婚してやってください! お願いします!」

「はあ!? な、なに言ってんの!?」


 突然の紗耶香の依頼に芹那さんが目を丸くして驚いた。そりゃそうだろう。なんだか僕まで恥ずかしくなって俯いてしまう。



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