表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成仏できなかった妻の幽霊が僕に再婚を勧めてきます  作者: 鹿ノ倉いるか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/39

『同情』と『思いやり』

 母子家庭や父子家庭に対して世の中は同情的だ。

 でもあるのは『同情』であって、『思いやり』ではない。

 一人で子育てするなんて大変ですね、一人で子育てをしながら仕事までするなんて偉いですね。

 そんな同情の目は向けられる。しかし助ける手はあまり差し伸べられない。


 シングルペアレントの場合、どうしても子供を保育所に預けなければならない。そうなれば当然遅くまで仕事をすることが出来なくなる。

残業することが出来ないとなると、就ける仕事というのは限られてしまう。そのために生活が困窮してしまうというのはよく聞く話だ。


 そういう意味でいうと、僕はとても恵まれた環境にいると言えた。

紗耶香が亡くなり一人で璃玖を育てなくてはならないとなった時に、会社は僕を残業や出張の多い営業職から事務職に異動させてくれた。おかげで璃玖を迎えに行けるし、寂しい思いをさせずに済んでいる。


 とはいえ内勤でも忙しい時期はあり、まったく残業がないというわけでもない。会社に甘えてばかりもいられないのでそういう時は璃玖を妹や両親に預けていた。

 僕一人で育てるなんて息巻いて見せているが、実際は色んな人に助けられ、甘えてしまっている。

最近は残業が多く、璃玖のお迎えを妹や母にお願いすることも多い。特に来週は璃玖の生活発表会があって平日に有給休暇を取らせてもらうので、残業をしてでも仕事を片付けなければならなかった。


 今日も保育所へのお迎えを母にお願いし、夜八時過ぎに璃玖を実家に迎えに行った。そのまま実家で僕も食事を頂いて、家に戻ってきたのは九時近くだった。

 璃玖はお風呂に持っていくおもちゃを選びながら舌足らずな歌を口ずさんでいた。


「最近保育所で習った歌なの?」

「うん。今度の生活発表会で歌うやつだよ」


 生活発表会とは歌と劇を披露し、それを保護者が見学する催し物だ。去年は確か『大きなカブ』をしたはずだ。


「今年の劇は何をするの?」

「『さんまいのおふだ』だよ」

「三枚のお札? へぇ。なんかずいぶんと渋いセレクションだね」


 普通保育所の劇は『ピーターパン』とか『ピノキオ』など、メルヘンチックで子供が好きそうなものが多い気がする。

日本の昔話にするにしたって『桃太郎』みたいなものが一般的だろう。『三枚のお札』だと和尚さんと小坊主、それにヤマンバくらいしか登場人物がいなさそうだ。


「りっくんはおしょうさんとヤマンバの役だよ」


 不公平がないよう、たくさんの子供が同じ役を演じ、場面によって配役を変えるというのが璃玖の保育所のやり方だ。

同じ人物が主人公になったり悪役になったりするので話の筋がよく理解できないことも多々ある。


「へえ。美月ちゃんは?」


 運動会で手を取ってゴールした可愛らしい女の子について訊ねると、璃玖は照れ臭そうに笑った。


「美月ちゃんは小ぼうずとおしょうさん。りっくんといっしょの場面もあるんだよ」とちょっと自慢気に答える。


「よかったね。美月ちゃん美少女だもんね」


 からかうようにそう言うと、璃玖は大きく頷いた。


「美月ちゃんはかわいいからみんなから結婚してっていわれてるんだよ」

「結婚っ!? そりゃまた気が早いね」


 随分とおませな発言に驚いていると、璃玖は得意げに美月ちゃんに求婚した恋敵の名前を挙げていった。その中には数人女の子の名前も含まれていた。


「璃玖は? 結婚の約束してないの?」


 僕の質問に璃玖は困ったように頷いた。


「なんで? ライバルに結婚されちゃうんじゃない?」

「だってはずかしいし。それに美月ちゃんはだれに結婚しようっていわれてもダメって答えてるから」

「断られるのが怖いからプロポーズしないの?」と訊ねると「そうじゃないけど」と歯切れ悪く口ごもる。


 内気で奥手なところはパパ似らしい。僕の駄目なところだけは似てしまっている。嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちだ。


「そっか。でも結婚の約束はしなくても、アピールはしていった方がいいぞ。じゃないと璃玖の気持ちが伝わらないからね」

「うんっ!」


 璃玖は赤い顔をしながら大きく頷いた。

 それにしても息子の恋愛話というのは、なんだか自分まで恋をしているような浮き浮きした気持ちになる。きっと娘だったらそうは思わないんだろうけど。

 紗耶香は璃玖の初恋をどんな顔をして見守っているのだろう。

 目を細めて璃玖を見ていると、ポケットの中でスマホがブブっと震えてメッセージ着信を告げた。


「えっ……」


 メッセージはこの間のパーティーでカップリングした加西さんだった。


「どうしたの? おしごと?」

「う、うん。そうかな」


 曖昧な返事に璃玖は不思議そうに僕の顔を見る。どうせ璃玖は漢字なんて読めないが、見られないようにスマホをポケットにしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ