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第五話


 店番をしつつ乾燥させた小花に混じったゴミをとる地道な作業をしていると、暇らしいヴァージルが私の肩に顎を乗せた。

「……邪魔」

「えー、落ち着くんだけどなー」

 ガラス器具爆破事件から、ヴァージルとの距離が縮まった気がする。

 こうして猫のように纏わりついて、構われたがるのだ。

 しかもヴァージルが恋愛感情でこういった接触をしているのであれば分かりやすいのに、そういった色恋の感情は全く見えず、幼い子供が母や姉に見せる信頼に似ているから裏切る事も出来ない。

 背中でヴァージルが立ち去る気配がないので、諦めて小花の山を二つに分けた。

 その内の一つを紙の上に乗せて隣に置く。

「はい。こっちがヴァージルの分」

「ちぇ、こきつかいやがって」

 文句を言いつつ自分で椅子を隣に持ってくるあたり、内心の喜びが隠せていない。

 どうやら私と共同作業するのが好きだというのも、彼をよく見ていれば分かった。

 幼少期に家族から構われなかったのだろうか。

 まるで取り戻すかのように、ヴァージルは私に甘えたがるのだった。

 過酷な生き方をしてきたのだろうと、これまでの常識の無さから推測している。

 彼が将来いつ、何処に行ってしまうかは分からないが、この場所にいる間くらいは穏やかに過ごして欲しかった。

 ドアベルの音が鳴り顔を上げると、きっちりとした服装で糸のような細目の男性が入店してきた。

「いらっしゃいませ」

 接客をしようと立ち上がった所で、続けて二人の男性が後から入ってくる。

 しかしその容貌は厳めしくまた剣を腰から下げており、見るからに腕っぷしのいい傭兵だったので浮かべた笑顔が硬直した。

 まるで脅しをかける為に連れて来たかのような風貌である。

 緊張して相手の出方を窺っていると、細目の男性が店内を見回して狐のような笑みを作って言った。

「どうも初めまして。初めて来ますが、中々いい店ですね」

「あの……どういったご用件でしょうか?」

「私、バーナード・マクマホンと申します。今度こちらに店を出そうと思っていましてね。場所を探しているんです」

「そうですか。では不動産へどうぞ」

「いえいえ。ここにこんないい場所があるじゃないですか」

 そう言ってバーナードは人を不快にさせる嘲笑を浮かべた。地上げ屋だった。

 どうやって出て行ってもらおうか、必死で頭を巡らせる。

 こんな事が起きるなんて思ってもおらず、怖くて仕方ないがこの店を守る為に引く気はない。

 この店は私を引き取ってくれたおばあちゃんが守り続けていた店である。

 長い年月を過ごすうちに、町が発展してそれなりに良い立地になったと話に聞いたことがあった。

 女一人で切り盛りする店だと聞いて、無理を通そうとしに来たのだろう。

「ここは私の店です。売るつもりはありません。お引き取り下さい」

 毅然として言い放ったのだが、バーナードは動じた様子はない。

「今日はただの挨拶です。また、何度でもお伺いしますので」

 そうやって傭兵を連れ歩いて客足を遠ざけようという作戦なのだろう。

 しかし一度引いてくれるなら、こちらも作戦を立てる時間が出来る。

 まずは神父さんに相談して、頼りになりそうな人を紹介してもらって……。

 私がそんな事を考えていると、立ち去ろうとした彼らの背中にヴァージルが呼び止めた。

「なあ」

「……何でしょう?」

「腕相撲していかねぇか?」

 ヴァージルは彼等よりもその選別の方が重要かのように、小花の山から視線を動かさないままである。

 バーナードは面白くなさそうに鼻をならし、けれど怒る事もなく言ってのけた。

「止めた方がいいですよ。彼等はA級の傭兵です」

「へー、ならその強さ俺に見せてくれよ」

 ヴァージルが小花の山から漸く顔を上げて挑発的な顔を向ければ、バーナードの顔が僅かに歪む。

 彼が顎で一人の傭兵に指示を出せば、その傭兵は丸太のように太い腕を見せつけるかのようにカウンター机に肘を置いた。

「ちょ、ちょっと待って」

 今にも全力で腕相撲しそうな雰囲気になってしまい、慌てて机上に乗っていた小花を片付けて周囲から物を遠ざけた。これで多分、被害は出ない筈だ。

 ヴァージルは小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、悠々と大きな傭兵の手に自分の手を組む。

「誰が合図する?」

「じゃ、じゃあ私が」

 相手に主導権を与えてはならないと思い、挙手で立候補した。

 何となく流れで腕相撲する流れになってしまったが、ヴァージルは本当にA級の傭兵に勝てるのだろうか。

 不安を抱えつつも、自信満々な彼を信じるしかない。

「それでは……3、2、1、ファイッ!」

 巨大な鉄のハンマーで木を割ったかのような轟音がした。

 ヴァージルが傭兵の手を机に向かって押しつぶす勢いで倒したのである。その下敷きになった机の部分はひしゃげ、くぼみが出来てさえいた。

 当然その威力をまともに受けてしまった傭兵の手は無事である筈がなく、あらぬ方向へと指が曲がっている。

 本人は少し遅れて自分の手の被害を認識したようで、悲鳴が店内に響き渡った。

「う、あ、ああああああああああああああああああ!」

 傭兵は自分の腕を押さえて蹲る。それを平然と見るヴァージルと、額から汗を流すバーナードでは既に勝負はついていた。

「バーナードさん。次に会う時は俺と握手しよーな」

「は、は……これは情報不足でした。すみませんが、帰らせていただきます」

 バーナード達は尻尾を巻いて逃げていく。後にはまるで夢だったかのような平穏が戻ってきたが、机の歪みがあった事を現実だと教えてくれた。

 A級をあんなに簡単にあしらえるという事は?

 流石にヴァージルをまじまじと見てしまうと、私の戸惑いなど知らず得意げな表情を見せた。

「どうよ。穏便に追い払っただろ?」

「穏便……そう、穏便ね」

 死者は出なかったし、店の商品も壊れていないから穏便の範疇に入っても良いだろう。大分世間の感覚とは違う気もするが。

 ヴァージルは褒めて欲しいのを隠そうともせず、期待に満ちた表情をこちらに向けてきた。

 実際彼がいなければ、大変な目に合っていた。私は存分に彼を誉めようと思い、手で彼を呼び寄せる。

「ありがとう。助かった」

 わしわしと犬のようにヴァージルの明るい茶髪を撫でまわした。

 大の男であればこんな扱い嫌がるかもしれないが、予想通りヴァージルは気に入ってくれたようで満足気な笑みを浮かべている。

 こんな風に私に気を許して傍にいてくれるものの、ヴァージルは恐らく……S級の実力者だ。

 ギルドに所属しないS級が何故こんな場所にいるのだろう?

 今更ながら爆弾を引き入れてしまった気がした。

 けれど既に情がすっかり移ってしまって、追い出すなんて考えられない。

 まずいなぁ。もう、出て行って欲しくないなんて思ってる。

 私は彼に分からないように、小さく溜息を吐いたのだった。


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