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第四十九話


 プルデンシオに目隠しをされ、私は何処かに只管運ばれていた。彼は私を丁寧に扱ってくれたが、決して手を離したりはしてくれない。

 彼もまた、かつてのヴァージル達のように隷属の呪具をつけているのだろう。

 外してあげようかと思ったのだが今回は先手を打たれているようで、取ろうとすれば殺すように命令されていると言われてしまった。

 目は見えないものの、体に当たる風の強さからとんでもない速さで移動しているのが何となく分かる。

 やがて人の気配のする場所に立ち止まって、私に言った。

「はぁい、本部に付きました」

「本部……ですか」

「そう。あんまり、聞き耳立てないでね?」

 プルデンシオはそう言って、中に入ったようだった。日の温かさが消えて急に冷たさを感じるようになる。

 地下なのだろうか。足音が随分響いて聞こえる。

 右に曲がったり、左に曲がったり、階段を下りたり。随分奥まで進んだ所で、プルデンシオは足を止めた。

「さあ、ここからは私はいけないから。貴女が一人で行って頂戴」

 そう言って私を地面に降ろし、目隠ししていた布を外される。

 場所は洞窟の中のようで、むき出しの岩壁に囲まれていた。魔術道具の明かりが細長い道を照らしており、目の前では木製の扉が先を塞いでいる。

 何が待っているのだろう。

 怖気づいてしまってつばを飲み込む。暫く動けないでいると、プルデンシオに背中を軽く押されてしまった。

「さ、行って」

「……はい」

 腹を括って足を進める。緊張しながら扉を開けた瞬間、嫌な空気がびりびりと肌を刺激した。地下牢か、拷問部屋のような、淀んだ陰鬱な空気である。

 しかし部屋自体は絨毯が敷かれ、明かりも灯されて綺麗に整えられている。

 そして正面中央には台座があり、黒い人間の頭蓋骨が置かれて私を見ていた。

「何、あれ……」

 この部屋の嫌な空気の元凶は、間違いなくあれだろう。骨である筈なのに、まるで生きて私を見ているかのような気にさせてくる。

 余りの不気味さに言葉を失い、この部屋から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

「本当に、影響を受けないのですね」

 部屋に響いた誰かの声にはっとして振り返ると、銀髪の男性が立っていた。顔立ちは整っているがまるで偽物のような嘘くささがあった。

 人の死を目の前にしても揺らがない事を確信させる冷酷な目だ。

 恨みが充満したこの部屋の空気を、装飾品のように身に纏う姿が良く似合っている。反吐が出そうな、最悪の部類の人間だと私にさえ分かった。

 薄い唇で弧を描き、興味深げに私を見ていた。実験動物を見る様なその目が恐ろしく、冷や汗をかいて口を開く。

「……誰?」

「これは失礼。幻惑のシーグフリードと申します。魔天会の頭首にして、創設者でもあります」

 この人が。

 魔天会の七刃の一人、魔天会の創設者。全ての、元凶。

 孤児達で培った肉体改造技術を惜しみなく自らに使い、既に三百年は生きている。

 精神系の魔術に特化しており、彼を目の前にすればどんな強さも意味をなさない。相手は狂わされ、訳も分からない内に彼の剣を身に受けるという。

「招待に応じて下さり、嬉しいですよ。……異世界人のカナさん」

 矢張り私が異世界から来た事を何処かで知ったのだろう。神魔術が一切効かない特異体質を何かに利用しようとしているのだろうか。

 私は冷や汗を垂らしながら、シーグフリードを睨みつけた。

「おや? お疑いでしょうか。私は今、三百年ぶりぐらいに非常に喜んでいるというのに」

 シーグフリードは優雅に絶対的支配者の笑みを浮かべた。

「この部屋に入れば普通の人は皆、自分が憎くて堪らなくなるのだそうです。私程精神魔術に腕があればまた、別でしょうが……幸いな事に、この三百年そんな者はいませんでした。ならばこの部屋にいて平然としている貴女は異世界人以外にあり得ない」

 それならばこの部屋にあって異様な存在感を放つあの頭蓋骨こそが、全ての隷属の呪具の元になっている怨嗟の玉なのだろう。

 この部屋に普通の人が近寄れば自殺してしまうというのも納得できるような、禍々しさを放っていた。

「頭蓋骨の形をしているなんて、思わなかったわ」

 怨嗟の玉の傍には頭首以外は近寄れないのだ。オズワルドさえ、形が何であるのか知らなかった。

 あれさえ壊せば全てが終わる。隷属の力を失えば、皆魔天会に反旗を翻すだろう。

 けれど数歩の距離が果てしなく遠い。シーグフリードはゆっくりと歩いて、守るかのように怨嗟の玉の傍に立った。

 シーグフリードの視線はまるで実験動物を見るかのようで、薄気味が悪かった。けれど機嫌が良いのは本当なようで、私に説明してくれた。

「これは、滅亡したマルヘリート国の城跡で見つけたのですよ。人が行ったまま帰って来ない地があると聞きましてね。行って見ると人の死骸が山になっていて、その中心にこれが落ちていたのです」

 愛おしそうに、黒い頭蓋骨を手で撫でている。不意にこの場所が、最適な監禁場所である事に気が付いてしまった。

 あの頭蓋骨を壊す事さえ防げるのであれば、この部屋に近寄れる者はシーグフリード以外にはいない。

 自分の状況の悪さに歯噛みする。せめてこの部屋を出なければ。

「それで……? 私に一体何の用があったの?」

「何故、異世界人に神魔術が効かないのだと思いますか?」

 思わぬ質問を投げかけられ、一瞬戸惑う。シーグフリードはまるで教師のように、私に何かを答えさせようとしていた。

 しかし質問の内容は難しく、魔術をあまり知らない私は失望させる事しか出来ない。

「……分からないわ」

 少し呆れの息を吐いて、彼は言った。

「まあいいでしょう。密度が違うのですよ。別の世界から来た人間は、そもそも本人が神に匹敵するほどの存在の密度を持っている。本人が扱えない程の魔力も、その為です。だからこの世界の神々のいかなる祝福も呪いも効果がない。……ならば異世界人が全てを呪いながら死ねば、それは神の呪いにも匹敵する」

 シーグフリードが何を言おうとしているのかが分かり、私は絶句した。

 まさか、この頭蓋骨って……!

「怨嗟の玉は、世界を呪いながら死んだ異世界人の成れの果てですよ。……同胞に会えて良かったですね。カナさん」

 笑う男に鳥肌が立った。

 おぞましさは耐え切れず、私は顔を白くして反射的に扉の方へと駆け出す。

 けれどシーグフリードに襟首を掴まれて、地面に簡単に引き倒されてしまった。

 愉悦に笑う目が向けられている。それは、怨嗟の玉に向ける視線と同じものだ。

 頭の中で警鐘が鳴り響いている。酷く恐ろしい地獄が、目の前にあった。

「最初は貴女がただの優秀な解呪師だと思って、プルデンシオ達に殺す様に命じていましたが……。異世界人の報告があって驚きました」

 シーグフリードに片手で床に押さえつけられ、体を起こす事が出来ない。それでも諦められなかった。

 芋虫のように身を捩る私を、シーグフリードは唯々楽しそうに押さえつける。

「ずっと、一つでは足りないと思っていたんですよ。これだけでは、呪具が百個ほどしか作れないんです。でもこれからは貴女のお陰で随分楽になります」

 私は押さえつけてくる手を両手で退かそうともがいたが、微動だにしない。

 せめて表情だけは強気なものを作り、シーグフリードの勝手な妄想を嘲笑った。

「悪いけど……私はその異世界人とは違うわ……! 世界なんて呪った事ないもの……! 今までも、これからも!」

「本当に?」

 シーグフリードの目が、急に間近に近づいて私を覗き込んできた。怪しげな光を宿したかと思うと、脳をかき回されるような不快な頭痛に襲われる。

 あらゆる系統の精神魔術に精通してるシーグフリードにしてみれば、神魔術を避けて異世界人にも効く魔術を作る事など容易だった。

「や、やめ……て……」

 痛い。無遠慮に指を突っ込まれたかのような、壮絶な痛みが襲ってくる。

 痛くて痛くて、何も考えられなくなっていく。

「ほら、あるじゃないですか」

 シーグフリードの声が、遠くに聞こえた。

 待って。それは、ヴァージルの。

 記憶が無理矢理引きずり出され、鮮やかに再生されていく。感情は揺さぶられ、増幅され、不安定になっていく。

 そして私は、かつてのヴァージルの記憶の海に再び突き落とされた。

 体を弄ばれ、精神を痛めつけられ、終わりのない絶望と、過ぎゆく時間を憎んだあの記憶を。

「あ、……い、や、ああぁあぁあぁあっ!!」

 自分の口から出る絶叫さえ、他人事のように聞こえた。

 押さえつけていた手が外される。そんな事をしなくてももう、私は自分の体を動かすどころではなくなっていた。

 記憶に揺蕩い呆然として涙を流し続ける私を、満足気に眺めてシーグフリードは言った。

「仕上げにヴァージルを貴女の目の前で殺して差し上げますよ。そうすれば、いくら貴女でも憎しみを抱いてくれるでしょう?」

 順調に作り上げられていく手応えを感じ、シーグフリードは口を吊り上げて一人笑った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] うおおおお 転生者の…( ; ゜Д゜) [一言] ヴァージルの記憶には世界を呪うものも…ありますよね。 カナに受け止めきれるか。
[一言] お久しぶりです。 いつも更新ありがとうございます(*^ω^*) ここでヴァージルの記憶が効いてくるなんて。 カナ大ピンチ。 ヘロヘロのヴァージルだけど、早く救いにきて欲しい… ヴァージル…
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