第四十四話
ヴァージル達、大丈夫かな。
私はミラダ城の城壁の上で彼らが戦っている方角の空を見る。
遠すぎて何も見えないが、留守番の私はそうせずにはいられなかった。
戦える人達は皆討伐に行ってしまったので、今日は城の中が静かである。風に吹かれながら人々の動きを何となく観察する。
遠くで騎士団が生死をかけて戦っていても、この場所を維持する人達は変わらずに働いていた。
それにしても、ドラゴンの子供は何処にいるんだろう。
子供とはいえドラゴンは強力な魔力を持っているので、魔力測定器を探知機として使い領内を隈なく探したとダフネさんは言っていた。
それなのに見つからない。けれど子供の気配をぼんやりと感じられる筈の親ドラゴンがアストーリ領を離れない事から、いないと言う事はなさそうだ。
ドラゴンだって、来たくて来ている訳ではない。子供さえ見つけ出せれば、全ての悲劇は直ぐに終わる筈なのに。
そんな事を思いながら、目で重そうに食材を運ぶ屈強な男性の姿を追う。城内入り口から厨房の扉へ移動し、その姿は消えて行った。
視界の端で馬車が留められたかと思うと、領主と謁見なのか身なりを整えた人が降りて来て些か緊張した面持ちで扉の中へ入って行く。
次に視線に留まったのは警備兵だ。庭をぐるりと移動し、不審者がいないか確認していた。
しかしある場所に近づくと立ち止まり、近寄りたくないかのようにただ目視だけで確認している。
その後、まるで逃げるかのように少し早足でその場を離れて行った。
何故だかその姿が気になった。
私は近くにいた警備兵に声をかけ、彼が逃げていった理由を聞いてみた。
「すみません」
「はい、何でしょうか?」
「あの場所に何かあるんですか?」
指をさして示してみると、その警備兵は納得したような顔で説明してくれた。
「ああ。あの場所の先にはエミリアーノ様の研究施設があります」
「避けたいような場所なんでしょうか」
「……余り声を大にしては言えませんが、時々実験を失敗する様でして……。以前紫の煙があの建物から漏れて来て、その煙を吸った者達の髪が抜け落ちたる事件があったんです。それ以来女性も男性も近寄りたがりません」
それは確かに、嫌がられるだろうなぁ……。
エミリアーノさんはどうも思った以上に癖のある人のようだ。
話を聞いて乾いた笑いをし、教えてくれた警備兵にお礼を言う。
そのまま人の観察に戻ろうとして……ふと、思いついてしまった事があった。
その恐ろしい考えに、背中に冷や汗が流れ落ちる。
いや、まさか。そんなはずがない。
そう自分の考えを否定するも、一度思いついてしまった考えがどうしても消えてくれない。
……確かめてみてもいいだろうか。
しかし長い間この場所で生活してきたエミリアーノさんに対し、私は只の客人の立場である。信頼など比べるべくもない。
私はダフネさんから貰った、彼女が昔使っていたという細身の剣を部屋に取りに行った。
それを握りしめてエミリアーノさんの研究室へと向かう。小さな建物はまるで、人目につかないようにひっそりと佇んでいた。
扉を押せば、何かが外れる音と共に簡単に開ける事が出来た。
恐らく神魔術を使った錠が、私が触れた事で誤作動を起こしたのだろう。
問題なく入れそうなことに一先ず安堵し、恐々と研究室の中へと足を踏み入れた。
怪しげな光がガラスの中から放っていたり、啜り泣きをする本や、白い煙を吐き出す壺など、怪しげな道具が所狭しと置いてある。
煙を吐き出す壺には近寄らないでおこう。
そう思いながら視線をさ迷わせ、何か隠してありそうな物はないだろうかと捜索した。
只の私の勘違いであって欲しい。勝手に入って怒られる覚悟は出来ている。
一つ、大きな箱が奥に置かれているのが目に入った。他に隠せそうな場所は見当たらない。
どうか違うようにと願いながら、私はその箱の上蓋をそっと外した。
「……酷い」
中には四肢をもがれ、魔術によって辛うじて呼吸しているだけの……ドラゴンの子供が入っていた。
鳴き声も上げず、身じろぎもせず。『生かされて』いるだけだ。余りにも残酷な所業に血の気が失せていく。
ドラゴンの子供を隠した犯人は、エミリアーノだった。
「こんな場所に……!」
可哀想なその生き物に泣きそうになってしまうのを堪え、人を呼びにかなければと急いで入り口に戻ろうとする。
しかし振り向いたそこには既に、笑顔を浮かべながらエミリアーノが立っていた。
「よく分かりましたね、カナさん」
それはもう、気弱なダフネさんに振り回されている人ではなかった。仮面を取り、この状況を心底楽しむ邪悪な笑みを浮かべている。
「貴方だったんですね」
吐き捨てるように言った。
「そうです。この場所なら分からないでしょう? 魔力測定器なんて、この場所では魔術道具に溢れていて誤作動を起こすに決まっていますから」
種明かしを楽しむように言うその姿に、苛立ちを隠せない。何故平然としていられる。
ダフネさんもアストーリ侯爵も、皆彼を信じて傍に置いていただろうに!
「どうして!」
「任務ですよ。フラヴェルの依頼です。僕も魔天会の人間ですから」
まさかこんな身近な場所に潜んでいたとは思ってもおらず、思わず息を飲む。信じられなくて、茫然と彼に聞かずにはいられない。
「そんな……だって、貴方はアクセサリーなんてつけてないじゃない」
「隷属の呪具をつけられるのは、上位者だけですよ。あれはあれで、貴重品ですからね。僕みたいな裏切れもしない程度の下っ端には、割り当てられません」
そう言って何もついていない自分の首を指さした後に、挑発するような目を私に向けた。
「それで……どうするんですか? カナさん。僕と戦いますか?」
守られてばかりの私には何も出来ないだろうと、馬鹿にしているのだった。
奥歯を噛み締める。
私は机の上にあった小瓶を天井近くの採光用の窓に投げつけ、ガラスを割った。
ガシャンッ
割れる音が周囲に響く。そしてその窓の穴に向かい、可能な限りの大声で叫んだ。
「ドラゴンの子供を見つけました!!!」
これで直ぐに人が集まって来るだろう。しかしエミリアーノはその間に、手をかざして魔術を放っていた。
「『マジックミサイル』」
青白い魔術弾が私に向かってくる。それを身を捻る事で辛うじて避け、体の赴くままに任せて剣を抜いた。
混じり合ったヴァージルの記憶のお陰である。そうでなければ、私が実戦で急に人に剣を向けられる筈がない。
傍にいないのに、彼に守られているような気がした。
エミリアーノは私とダフネさんの特訓を見ていないので、まさか距離を詰められるとは思っていなかったに違いない。
驚いた表情のエミリアーノの頬に剣先が僅かに掠る。けれど後ろに跳躍して距離を取られてしまった。
私の剣の届かない場所でエミリアーノは傷ついた自分の頬を触り、眉間に皺を寄せた。
私如きが怪我をさせた事が、彼のプライドを傷つけたのだろう。不機嫌そうな顔をして、更なる魔術を私に向かって放った。
「『ファイアーボール』」
炎の火球が鈍足に私に向かって来ようとしたので、反射的に近くの小瓶を投げつけて顔を伏せた。
バァンッ!
火球は弾けて熱風が部屋に吹き荒れる。こんな魔術だと知らなかったので、ヴァージルの記憶が無ければ大火傷を負っていたに違いなかった。
魔術師に対して距離を開ける事は危険である。
私は体の指示通りにエミリアーノに駆け寄った。しかし私の剣が振るわれるよりも早く、エミリアーノの魔術が発動した。
「『メーディルフレアー』」
エミリアーノの前方に黒々とした魔力波が放射状に広がる。その魔力波に触れた場所が圧砕されたかのように粉々になっていく。
広範囲の魔力波から逃れる術を持たず、私は飲み込まれてしまった。しかし神魔術攻撃だったようで、特異体質により怪我一つ負うことなく済んだ。
「な……」
その光景を予想していなかったに違いない。エミリアーノは目を大きく開いて一瞬動きを止めた。
「何している!!」
その間に警備兵達が集まってきたようだった。その姿を見てエミリアーノは舌打ちし、撤退を即座に判断した。
身をひるがえし、魔術を使って空へと全力で逃げていく。後を魔術師達が追うのが見えたが、僅かにエミリアーノの速度が速いように見えた。
逃げられてしまうかもしれない。
けれど今この場で、私に出来る事は無かった。
警備兵達が何が起きたのかを確認するべく、剣を持つ私に寄ってくる。
「何があったのですか!?」
「エミリアーノが、ドラゴンの子供を隠していました。彼はフラヴェルの依頼を受けた……魔天会の人間です」
「そんな」
よく知る人物の裏切りに彼等は表情を変えた。信じたくないような、そんな顔だった。
だから私はドラゴンの箱を指さして言った。
「あの中に……います」
戦闘でぐちゃぐちゃになった研究室の中、その箱だけは防御魔術がかけられていたのか無事である。
中を警備兵の一人が覗き込んで、痛々しい表情をした。
「これは……もう、助からない」
上官らしき警備兵が同じように箱の中を覗き込み、苦い表情で指示を出した。
「楽にさせてやれ」
剣が構えられる。箱の中に振り下ろされて何かが斬られたような音がしたが、悲鳴さえ聞く事なく全ては終わった。
「カナさん」
指示を出した警備兵が私に静かに話しかけた。
「はい」
「見つけていただいて、ありがとうございました」
「……いえ」
役には立てたのかもしれない。けれど、これっぽっちも嬉しくなどない。
ただ無性に、遠くで戦っている筈の恋人に会いたくてたまらなかった。
◆
エミリアーノは追跡を振り切った事を確認し、魔天会の隠れ家の一つである民家に何食わぬ顔で入った。
人目につかない場所に入った事で、漸く少し安堵する。
潜入して任務に就いている間に、まさかダフネがヴァージルとオズワルドを連れて来てしまうとは思わなかった。
折角S級の冒険者がドラゴン退治を引き受けてしまわないように、適当な依頼を出して遠出させたり、依頼書を取り下げたりと裏工作をしてきたのに台無しである。
せめてヴァージルを怒らせる事で彼の恐ろしさを見せつけ、追い出してやろうと思ったのに、あのアストーリ領の呑気な人々は許してしまって上手くいかなかった。
まさか、カナにまで邪魔されるとは思っていなかったが。
家の中にはいくつか置かれている魔術道具があり、エミリアーノはその中の一つである鏡型の通信機を取り出して作動させる。
「エミリアーノです。ドラゴンの子供が見つかってしまいました」
鏡の向こうに浮かぶエミリアーノの上司は目元以外には何も見えない黒服姿だ。上位者の一人であり、エミリアーノが逃亡でもすれば彼が始末する立場である。
唯一見えるのは目だけだが、それでも彼が怒っている事が見て取れた。
だからエミリアーノは上司が口を開く前に、きっと気に入るだろう情報を告げた。
「それと別に報告が。異世界人を見つけました」
思惑通りに怒るのをやめて何かを考え出した上司に、これならば罰は軽くなるかもしれないと、エミリアーノは期待して上司の言葉を待つのであった。




