第三十七話
ミラダ城の一室ではロンメルさんを始めとしたアストーリ領の人々と、私達が今まで受けたドラゴンの被害を地図を広げて確認していた。
×印がつけられたの箇所は三十箇所にも上り、少しずつ移動しているのが見て取れる。
オズワルドはそれを覗き込み、困ったように言った。
「これは、ドラゴンの子供が盗まれてるね。しかもまだ生きてる。死んだら親には分かるから」
「やはりそうか」
ダフネさんが溜息を吐いた。ドラゴンは元々縄張りから外に出ない生き物である。
そんな彼らが外に出て長期間暴れまわるとしたら、理由はそれしかない。
「ドラゴンの子供に関しては、既に領内のめぼしい場所を探し終えている。闇市でも探したが、噂さえなかった」
「なら、そもそもこの領地が狙われてるんだろ。念入りに子供を隠した奴がいるな。心当たりは?」
ヴァージルが事も無げにそう言い、それを聞いたアストーリ領の人々は顔を暗くした。
「隣国フラヴェルでしょう。この領地は隣接していますから。昔から何度も小競り合いが起きています」
ロンメルさんがそう説明した。既にこの襲撃が人為的なものである事と、犯人は分かっていたようだった。
「いっそ、子供が死んでいりゃあ楽なのにな。親も諦めがつく」
ヴァージルの言葉は残酷だったが、真実だ。殺された時の親ドラゴンの怒りは確かに恐ろしいものだろうが、終わりはある。
けれど、生きている限りは諦めることなく人間を襲い続けるだろう。
「国王に援軍などはお願いしなかったんですか?」
素朴な疑問を思わず口にしてしまった。ダフネさんはやりきれないような表情で答えてくれた。
「既にしたさ。けれどそもそも飛行する大型モンスターは軍との相性が悪いのだ。
軍を動かすのには時間がかかるからな。移動されてしまえば何も出来ない。
だからS級相当の騎士を送って欲しいと書簡を送ったのだが、断られてしまった」
「どうしてでしょう?」
「ドラゴンを退けるよりも、その後攻めてくるかもしれないフラヴェルとの戦いを懸念したのだろう。
ドラゴンの縄張りになろうとも自国の領地だが、フラヴェルに奪われれば隣国の領地に変わるからな」
「それって……」
「この地に暮らす民の事など、どうでもいいという事だ」
吐き捨てるようなダフネさんの言葉に室内が静まり返ってしまう。
ロンメルさんが咳払いをして、空気を換えた。
「次に予測されている襲撃場所はこの辺りです。我々はバリスタを用意して迎撃するつもりでしたが、弱らせてその場所に誘導できる者がおりませんでした」
「僕たちにその役目をしろって事でしょ? いいよ!」
オズワルドは軽くそう請け負い、ヴァージルも特に口を挟むことなく同意した。
訓練場の立ち合いを見ていない者達から不安げな視線がロンメルさんに向けられたが、ヴァージルの実力を最も体感した人物である。頷いて皆を安心させてくれた。
「……それでは、今日は此処までにしておきましょう」
やがて会議が終わり、ロンメルさんが解散を告げる。
皆が立ち上がって部屋を出て行く中、ヴァージルに向かってロンメルさんが声をかけた。
「ヴァージル殿。ドラゴンの姿が見えるまでは我々も動く事が出来ません。
良ければ、お手隙の時にでも騎士たちに指導していただけませんか?」
ヴァージルは面倒そうに片眉を上げて断ろうとしたが、否定の言葉が彼の口から出る前に私が腕を引いて止めた。
これは、ヴァージルの社交性を上げる好機なのでは?
余りにもヴァージルは他人を見ない。少しでもそれを和らげていって欲しかった。
「ヴァージル。折角だし、やってみたら?」
「カナ?」
戸惑うような顔である。私は出来るだけ輝く笑顔を作り、強く言った。
「一緒に戦う事になるんでしょ? 仲良くなった方がいいよ」
嫌がるのは分かっている。けれどこれは、今後日向の世界を生きるヴァージルには必要な修行だ。
ヴァージルは暫く苦手な食べ物が出された子供のような表情をしていたが、最終的には溜息を吐いて苦笑した。
「……引き受けてやるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ロンメルさんはヴァージルの事を認めてくれているらしく、きっと今の提案もヴァージルを思っての事だろうと思う。
私達も部屋を出て行こうとした所で、ふと窓の外に小さな建物が目に入った。
「あれは何の建物ですか?」
ロンメルさんに聞いたつもりだったが、答えたのは傍にいたエミリアーノさんだった。
「ああ、僕の研究室です。元々僕は研究肌の魔術師ですから。ダフネ様に無理矢理、冒険者みたいな事させられていましたけど」
初めて会ったのが冒険者姿だったからか、思わぬ一面だった。けれど言われてみれば、研究者というのは彼に良く似合っている。
「そうだったんですね」
「中は危険な実験道具が沢山ありますから、誰も入れないようにしているんです。カナさんも突然建物が爆発とかはしないと思いますが、余り近寄らないようにしてくださいね」
「分かりました」
爆発などという物騒な単語を使われ、なるべく近寄らないようにしようと決意した。
もしかして、結構な危険人物なのかしら。
そんな思いがよぎったが、ダフネさんにいつも引っ張りまわされている姿ばかり見ていたので気のせいだと直ぐにその考えを捨てたのだった。




