第三十三話
私達は道中で知り合ったダフネさんとエミリアーノさんに懇願され、ハハビナの町で共に食事をしながら彼らの話を聞く事にした。
席に腰を下ろし、向かい側に座った二人を見る。彼らは随分と必死に私達に話を聞いて貰いたがり、町に着くと逃げられるのを恐れるかのように直ぐにこの店に連れて来たのだ。
ダフネさんは正に凛々しい女騎士といった人で、男性的な口調と背筋の伸びた振る舞いに思わず憧れてしまう。
もう一人のエミリアーノさんは気が優しそうな印象の人で、ダフネさんに常に追従しているようである。気の置けない彼らのやり取りから、付き合いは長いように見えた。
冒険者として実力のありそうな四人の中、私一人がとても浮いている。
「ずっと後を付けて来てただろ」
「分かっていたのか」
「視線が鬱陶しかったからな」
「……それは失礼した」
ヴァージルの指摘にダフネさんは素直に頭を下げる。ヴァージルが話を聞く気になるなんて珍しいと思っていたが、そう言う訳だったのか。
きっと面倒になって話だけ聞いて終わらせたくなったのだろう。
オズワルドはヴァージルに旅程の主導権を渡しているので、笑顔を浮かべながらも口を挟まず全て任せるつもりのようだった。
「で? あんたらは誰だ」
ダフネさんはヴァージルに促され、その美しい顔を険しくして口を開いた。
「私はアストーリ・ダフネ。アストーリ侯爵の次女だ。こっちは私付きのデンシ・エミリアーノ」
まさか貴族だったとは思わず驚いて目を見開くと、私の顔を見たダフネさんは少し笑った。
「見えないだろう?」
「あ、いえ! 素敵です!」
妙な回答をしてしまった私にダフネさんが笑う。
この世界では貴族の令嬢も冒険者に混じって戦うらしい。
魔力が存在するので女性であっても男性に負けない実力を持つ人もいるとは聞いていたが、それでも諸々の事情から冒険者はやはり男性中心の社会である。
その中に混じって活躍する彼女は女性から見て、とても格好いい人だった。
私を見て、ヴァージルは何故か少し苛立ったように先を促す。
「用件は何だ」
「倒してほしいモンスターがいる」
「ギルドに依頼すればいいだろ」
「既にした。受ける者がいないんだ」
「それは残念だな。悪いが、運が無かったんだろ」
私達は今、ただの旅人として動いている。モンスターを退治する義務も義理もなかった。
ヴァージルの戦力を補う為に、強そうなモンスターを使い魔にしているだけなのである。
だから断ってしまえば、それまでの話でしかなかった。
私達には目的があり、人の事情に首を突っ込めるほどの余裕はない。
「最近、この付近の強力なモンスターが消えているらしい。貴方達のした事ではないのか?」
使い魔にするので当然賞金を貰う為に必要な角や体の一部を切り取る訳にはいかず、結果としてモンスターが突然消えると言う怪奇現象を作り出してしまっていた。
「それが、どう関係あるんだ? 別に困るやつはいねぇだろ」
「いや。もしも本当に強力なモンスターを探しているなら、提供できると思ってな」
ダフネが交渉する気にさせようと、慎重な姿勢でヴァージルの顔を窺いながらそう言った。
一応それなりに自分たちの事を調べて来てはいるらしい。ヴァージルは少し拒絶の姿勢を和らげる。口の端を上げ、面白がる表情で先を促した。
「言ってみろ」
「エルダードラゴンだ」
隣で口を挟まなかったオズワルドが、思わぬ大物の名前に口笛を吹く。
「そりゃあ、また随分と」
感心したのも当然だ。ドラゴンは力の象徴として扱われるモンスターである。
彼らは年齢を重ねるごとに強くなるが、若い三百年も生きていないものでさえ討伐ランクがS級だ。
五百年以上を生きたドラゴンならS級冒険者が三人は揃わないと、勝率が過半数を越えない。
ならば千年以上生きたエルダードラゴンと呼ばれるものと戦わなければならないとしたら、どれだけの戦力が必要になるだろうか。
しかしその心配は殆どが杞憂で終わる筈だった。彼らはモンスターの中では性質が穏やかで、自らの縄張り以外には殆ど出て行かないからだ。
だからエルダードラゴンを倒してくれという者がいたとしたら、真っ先に疑うのは誤情報の類だった。
けれどダフネの顔はどうみても真剣そのもので、また確信に満ちている。
強いモンスターを探してはいたけれど……ここまでのものは流石に想定してなかった。
私がヴァージルがどうするのかと思い顔を見てみると、矢張り手放しで受けられる類の話ではないようだった。
「どうする? ヴァージル」
「……相手が良すぎるな」
眉間に皺を寄せて難しい顔をするヴァージルだったが、オズワルドは逆の感想を持ったらしい。
「ええ、こんな機会滅多にないよ? もしうまくいけば、それだけで僕たちの目標は十分なぐらいだ」
それはドラゴンをヴァージルの使い魔に出来たとしたら、という意味だった。
「上手くいかなけりゃ大損害だ。下手すれば、手持ちが何もなくなる。それに……こいつらの為に命を懸ける理由もねぇ」
ヴァージルは口の端を上げて笑うと手をひらひらと振り、受ける意思がない事を示した。
戦闘など何も出来ない私は、ヴァージルが否というなら受け入れるしかなかった。
でも……何でそんなに倒して欲しいんだろう?
まだダフネがその依頼を言った理由も聞いていない。
けれどそれ以上興味もなくなったヴァージルは立ち上がると、私にだけ向ける優しい笑みを浮かべて離席を促す様に手を伸ばした。
「さ、行こーぜ」
本当に彼は私以外の全てに目を向けない。それが少し嬉しく、少し悲しく、少し怖い。
しかしそれを呼び止めるように、ダフネさんが机を激しく叩いた。
「待ってくれ! 賞金なら金貨千枚は出せる。討伐してくれたなら、その実績で叙爵も出来る! 他に望みがあるなら言ってくれ。侯爵の力で出来る事ならば、何でも叶えよう。だから……」
大声に店内中の注目が集まる中、ダフネさんは惜しげもなくその頭を深く下げた。
「頼む。力を貸してくれ……!」
ここまで必死に頼み込んでくる人を見た事がない。私は本当に彼らを見捨てるのかと良心が痛んだが、実際に戦うのはヴァージルである。
居心地が悪くてダフネさんとエミリアーノさんから視線を外すと、ヴァージルが溜息を吐いて気怠げに彼らに言った。
「金? 爵位? 惹かれねぇな。……誰に頭を下げてるのか分かっていない奴の話を聞く気にはならねぇよ」
「あはは、まあそうだよね」
オズワルドが追従して笑った。
ダフネさんは侯爵家の人間である。ヴァージルという裏社会出身の人間の手を借りるのは、危険を伴う行為な筈だった。
ヴァージルが彼らの話を聞く気がない理由も分かり、今度こそ彼の手を取って席を立つ。
ただ、下を向いて唇を噛み締めるダフネさんの表情が目に焼き付いて離れなかった。




