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第三十話


 カミルの冒険者ギルドはモンスター討伐依頼の受発注だけではなく、ギルド公認の商店や休憩室が備えられている大きな施設を所有していた。

 受付カウンター近くに置かれた椅子に座るのはA級冒険者であるダフネと、その相方のB級冒険者エミリアーノの二人だ。

 ダフネは肩までの長さの金髪を後ろで括り、鋭い視線を行き交う冒険者達に向けている。

 剣を主体に戦う為筋肉はついているものの顔立ちは美しく整っており、男が多いこの場所で彼女にちょっかいをかける者がいないのは偏にA級の実力者であるからだった。

 一方エミリアーノは緑髪の青年であり、気の弱そうに見えるのはダフネの顔を窺っているからだろう。支援型の魔術師で、この二人組は最近カミルにやってきた冒険者達の中でも一際優秀だった。

「雑魚ばかりだな」

 吐き捨てるようなダフネの言い方に、周りに聞かれてやしないかと肝を冷やしたエミリアーノが慌てて言った。

「ダフネ、駄目ですって。口に出しちゃ!」

「だがそうだろう? 私達よりも強い者が、どれだけいる」

 それにはエミリアーノも同意して、諦めたように溜息を吐く。

 二人はある事情により強い冒険者を探していた。首都にはS級の冒険者も複数所属していたのだが、彼らの依頼を受けてくれる者はいなかった。それで仕方なくカミルにまで足を延ばしたのである。

 この近隣ではカミルが一番大きなギルドで、情報収集力も、所属冒険者数も地域で一番多い筈だった。

 しかしやはり規模が首都に劣るからか、めぼしい者はいない。

 ダフネがカミルの町に見切りをつけようかと考えた所で、気になる三人組が目に入った。

 腰から剣を下げた明るい茶髪の青年と、魔術師らしき金髪の青年。そして如何にも一般人に見える華奢な黒髪の女性だった。

 男性二人のギルドに慣れた様子と、興味深げに視線をさ迷わせている女性の姿が対照的だ。

 妙な組み合わせだな。

 金持ちが娘に護衛を二人つけたのだろうか。

 冒険者証であるプレートを付けていないので旅人に違いない。ギルドにはモンスターの情報も集まって来るので、旅人が旅程を決める為にこの場所に来るのはよくある事だった。

 まあ、どうでもいいか。

 興味を失って視線を外すと、ダフネの耳に近くの冒険者達の下世話な会話が聞こえてくる。

「見ろよ。あの慣れてない感じ。ああいうのが一番、乱れると凄いんだよな」

「二人もコブ付きじゃねぇか。お前の顔じゃ混ぜてもらえねぇよ」

「いや、案外頼めば一晩ぐらい相手してもらえるんじゃねぇの」

 どうやらあの黒髪の女性に対して、下卑た話をしているようだった。

 くだらない。

 ダフネに面と向かって言ってくる馬鹿は全てねじ伏せて来たが、他の女性に対するものも聞いていて不快にはなる。

 しかしどうやら階級だけは高い者もその会話に混じっており、面倒事を避ける為に聞いていないふりをした。

 一瞬、茶髪の青年が彼らに向かって視線を向けた気がした。

 気のせいかとも思う僅かなその動作。しかし何故か……ダフネの全身を悪寒が支配した。

「な……」

 今のは一体なんだ?

 その正体を掴みかねている内に、三人組はギルドを出て行ってしまう。

「エミリアーノ。気が付いたか?」

「はい? 何かあったんですか?」

 エミリアーノだけではない。この場にいるダフネ以外の全員が、何も起きなかったかのように振舞っている。

 しかしあれは間違いなく気のせいなどでは無い。

 モンスターとの戦いに身を置くダフネは、幾度となくその根拠のない勘のようなものに助けられてきた。何かが起きたのだと確信する。

「ぎゃぁあっ!」

 突然の叫び声に視線を向ければ、先程の下世話な会話をしていた冒険者の足首から鮮やかな血が噴き出していた。

 何が起きたのかも分からないまま、彼は自分の足首を必死で押さえている。

 斬られたような傷だが、腱まで届いていれば今後の生活に深刻な影響が出るかもしれなかった。

「うわぁ……こんなギルド内で、一体誰がやったんでしょうね」

 エミリアーノの言う通り、周囲の者達はお互いに顔を見合わせるばかりで誰がやったのか見当もついていないようだった。

 此処は曲がりなりにもギルドである。多数の冒険者が集まる中で誰にも気付かれずにそんな事を出来る者がいたとしたら間違いなく相当な実力者だろう。

 堪えきれない喜びでダフネの口角が上がっていく。

「エミリアーノ。行くぞ」

 見つけた。

「えっえっ? ダフネ、どうしたんですか?」

 何も分かっていないエミリアーノが突然立ち上がったダフネに驚きつつ後を追う。

 外に出れば、道の先に素知らぬ表情で平然と歩く三人の姿があった。

 あの、明るい茶髪の青年は間違いなく実力者だろう。金髪の青年の実力までは分からないが、彼と共に組んでいるのだからB級以下という事はないに違いない。

 女性からは穏やかな一般人の気配しか感じず、彼女が戦う事はなさそうだった。暫くして明るい茶髪の青年が彼女を見る愛おし気な視線から、恋人なのだろうと気が付く。

「エミリアーノ。まだ確証はないが……彼らが探していた者かもしれない」

「あの三人ですか? 確かに二人は戦えそうですけど、プレートを付けていませんよ?」

 彼の指摘の通り、問題の一つは彼等がギルドに所属していないように見える事だった。

 事情があるのか?

「僕は何となく、彼らは避けた方が良いかと思います。普通の冒険者や傭兵ではなさそうですし」

「選択肢はない。既にギルドを通して、依頼を受理してくれる者はいなかったのだから」

 多少の問題なら目を瞑るつもりだ。こちらは既に正規の方法で散々探した後なのである。

 協力してくれるならばたとえ犯罪者であろうと構わない。

 けれどまずは……彼等の実力を確かめないとな。

 焦る気持ちを抑え、しっかりと見極めようとダフネは彼等に鋭い視線を向けた。


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