第二十一話
ヴァージルは小走りで遠ざかって行くカナの後ろ姿を見守り、安全だと思える場所に移動したのを確認してからオズワルドに向き合う。
オズワルドは自分に向かって攻撃してきたザカライアの姿を見て、苦々しい表情を作った。
「まさかとは思ったけど、本当にザカライア食ってるし。勘弁してよ。僕も倒したら食うつもり?」
言いながらもオズワルドは空中に数百もの魔術弾を浮かび上がらせ、ザカライアとヴァージルに発射する。
ヴァージルを目にした瞬間から、オズワルドの全身を攻撃衝動が体を支配していた。
その首輪がある限り、どれほどやりたくなくても行動するしかない。
「安心しろ。お前みたいなやつは、うるさくて食えたもんじゃねぇ」
ヴァージルとザカライアは魔力弾の全てをいなし直ぐに態勢を整えると、オズワルドに向かって剣を振るった。
「へぇ。なら少し安心……かなっ?」
会話しつつもオズワルドは自分の周囲に防護壁を展開させて剣を防ぐ。それが破壊される前に空を飛んで空中へと逃げて行った。
これならば魔術の使えるヴァージルはともかく、ザカライアは追ってこれない筈だった。
しかしヴァージルは無数の鳥型モンスターを呼び出して空に散らせる。
ザカライアと共に使い魔を足場にしてオズワルドの後を追った。
「うわっ、そうくるか。本当に嫌な組み合わせだなぁ。でも僕だってやられに来たわけじゃないから。
『サンダーフィールド』」
ズガガガガガァアァアン!!
得意の広範囲魔法が発動し、周囲一帯に無数の雷が降り注ぐ。遠巻きに戦いを見守っているカナの所までもう少しで届くような広さだった。
ヴァージルの鳥達を一気に撃墜して自分に近づく手段を失くさせる。
これでオズワルドは当面の安全を確保したつもりだったが、ヴァージルは着地しつつ別の使い魔を操作した。
「行け。サンドワーム」
大地に潜んでいた鱗を持つ巨大ミミズのようなモンスターが、牙の揃った大口を開けてオズワルドの真下から飛び上がった。
人一人簡単に飲み込めそうな口を、オズワルドは慌てて空中で回避する。
「なんてものを食ってるんだよ……!」
しかしそれでも、更に上に飛んでしまえば手が出せないはずだった。飛び上がった先で、攻撃衝動を根性で押さえて僅かな時間を作り出す。
「僕はただこの首輪を外したいだけだ。ヴァージルもそうだっただろ? 僕を倒した後に、カナさんに時間をくれるだけでいい」
「興味ねぇな」
「この……単細胞!」
抑えきれなくなった攻撃衝動が手に魔力を貯めていく。
その時、オズワルド耳元を飾るイヤリング型の通信機が小さな金属音を鳴らして新たな伝令を彼に伝えた。
オズワルドは顔色を変えて呟く。
「最悪だ」
既に新たな命令を認識してしまった。冷静に、忠実に命令を実行しようと思考が動いてしまう。
ヴァージルは通信機が作動したのは見えたが、オズワルドが何をしようとしているのか分からず一瞬判断が遅れた。
直ぐに気が付いて一番素早く飛べる怪鳥の背に乗り、オズワルドに肉薄する。
しかしそれよりも先にオズワルドの魔術が発動する方が早かった。
「『エールディアンランス』!」
最長の貫通距離を誇る魔術が発動し、白い光の槍となって放たれる。
遠くで小さく何かが焼ける音がした。
「カナ……?」
呆然とヴァージルが呟く。視線の先では焦げた服に包まれ、地面に倒れる彼女の姿があった。
ヴァージルは怪鳥の背に乗ったまま、動けなくなる。この瞬間、彼の中で時が止まっていた。
「うわー、最悪のタイミングで指令来たよ。解呪師カナを殺せってさ。あーあ。これで僕も自由になれると思ったのに」
失望を隠せず文句を垂れるオズワルドの声さえ、碌に言葉とも認識できない。
眩暈がする。世界が歪む。
小さな動かない彼女の姿が、絶望的なまでにヴァージルを叩きのめす。
カナはヴァージルにとって、救いそのものだった。
笑顔を向けながら初めて祝福をくれたその人がもう、動かない。
よくも。
ヴァージルは怒りに淀んだ空気を肺から吐き出す。
感情の炎がヴァージルの全身を埋め尽くし、広がっていく。
それは隷属の呪具の攻撃衝動すら容易く上回るほどの、凶暴な意志だった。




