第十九話
そろそろ神父さんから任された小箱の依頼をこなす事にした。
解呪できない可能性もまあまああるので失敗を見られたらと思うと気恥しく、ヴァージルを締め出した自室にて作業をする。
小箱を外側から観察すれば、綺麗な飾りが彫刻されており魔術がかかっていないにしても高級そうな代物である。
「一体何だろう?」
留め金を外してそっと開けると、物を入れられるような空間は無かった。
所狭しと魔術用の宝石や細工が施されており、明らかに高度な魔術回路が組み込まれていた。
これは、私の手に負えない部類だ。明らかに複数の魔術が組み合わされている。
駄目で元々のつもりで引き受けた依頼である。然程悲しくもなく箱を再び閉じようとした所で、組み込まれている宝石が淡く輝きだした。
「え……?」
どうやら小箱にかけられていた魔術が発動してしまったようだった。どの場所も不用意に触っていないのに、勝手に発動するなんて事があるだろうか。
それとも、箱を開ける事自体が発動の鍵だった?
混乱しながらも箱を閉めるべきか迷っていると、宝石から光が浮き上がり文字を形作り始めた。
「通信機だ」
あんな綺麗な箱で通信機を作るなんて贅沢な。まるで、他の道具に偽装するかのようである。そこまで考え、胸騒ぎがした。
けれど見守っている内にも文字は文章を作り、私にこう問いかけた。
『はじめまして。君がカナさん? 君にお願いしたい事があるんだ』
無視するべきか迷う。依頼自体が私を狙ったものだったのだ。
直接会いに来ればいいのに、わざわざこんな手間をかけて私と連絡を取ろうとするなんて、どう考えても怪しい。
けれど小箱を閉じる前に相手が先手を打ってきた。
『僕は七刃の一人、灰燼のオズワルド。無視しても良いけど、そうするとこの町に危険が及ばない保証はないなぁ』
背筋が凍る。剣を突き付けられたような気がした。
今や七刃の意味を分かってしまっている。
ヴァージルやザカライアと同じぐらいの実力者がそう宣言したならば、本当だと思うべきだ。
「最低」
思わず吐き捨てれば、こちらの言葉も向こうに届くようだった。
『ごめん、ごめん。とりあえずそう言わないと、聞いて貰えそうになかったから』
文章だけで何となくオズワルドの軽い調子が伝わってくる。七刃の一人という情報を知らなければ、近所の気の良い明るい青年といった印象を持っただろう。
『こうでもしなければ、カナさんと接触できなかったんだよ。ヴァージルがどれだけ広範囲に使い魔飛ばしてるか知ってる? あの警戒網を潜り抜けて君の所へ行くのは流石に無理だって。ヴァージルと顔を合わせれば命令上、否応なしに攻撃しちゃうし』
それは……そうかもしれない。
魔天会の人間は、装飾品で命令に絶対服従をさせられているという。
きっとオズワルドも今回、ヴァージルを見たら攻撃するように命令を受けているのだろう。
少なくとも私に攻撃する意思は見えず、また態々手間をかけて接触した理由が気になり話を聞いてみる事にした。
「そう。で? 私に何の用?」
『僕の首輪を外してくれ』
この時点で漸く、私は彼が望んで魔天会に所属している訳ではない事を思い出した。
前回の追跡者がヴァージルを踏み台にしようとしていたのを見てそんな人ばかりの集団だと思ってしまったが、元々は確かに無理矢理連れてこられた孤児だったはずだ。
自分でも自覚しない内に、警戒心が薄れオズワルドに同情し始めていた。
『その為に、複数の刃で襲撃すべきだっていう頭首を説得したんだよ。僕が一人で倒しますってさ。もし言わなかったら、今頃この町は瓦礫の山だっただろうね』
「それは脅し?」
『違うよ、協力したいって事。今まで脱走者なんていなかったから。どうやって取り外せたのか調べて君に行き当たった。優秀な解呪師なんだろう?』
「優秀ではないの。代わりに、特化してるだけ」
『そう? まあ、それはどうでもいいんだ。僕のこの首輪を外せるなら。外してくれれば君達に協力するよ。七刃の内の三人が集まれば、選択肢が増えると思うけど?』
それは魅力的な提案だった。五対二では勝てない戦いも、四対三ならば可能性が出てくる。
ヴァージルが生き延びられる可能性が増えるのならば、危険を冒しても手を出すべきだ。
『ああ、ヴァージルには何も言わないでね。何処で命令に引っかかるか分からない。僕としてもヴァージルとは戦いたくないんだ。アイツは強いからね。分かる? 僕、結構綱渡りの状態なんだよ。君の情報を上に伏せて、ヴァージルの目を掻い潜って。でも君にはその価値がある』
ヴァージルに言わずに……。
協力する気にはなっていたが、その点が一番引っかかった。オズワルドの懸念も納得できる理由だったが、ヴァージルに何も伝えなければ罠だった時にどうにもならない。
暫く迷ったものの、オズワルドを助ける事にした。
「いいわ」
『ありがとう』
「それで、どうすればいいの?」
『簡単だよ。この小箱の右端の宝石を押し込むんだ。そうすればこの町から少し離れた場所に転移する。それでも、ヴァージルの警戒網の範囲内だけどね。だからそこからは目印に沿って暫く走ってくれ。転移場所の少し先で待ってるから』
「分かった」
『あ、ちゃんと首輪が外せるように道具は持って来てよ? もしかすると、切断しないと外れないから』
「確かニッパーと糸鋸があったと思うわ」
『その辺りは君に任せるよ。じゃあ、待ってるからよろしくね』
その言葉を最後に通信は途絶えた。静かになった部屋で、これからしなければならない事に緊張感が増していく。
命がけになるだろう。それでもヴァージルの為にやってみる価値のある提案だ。
私は道具を探し出して肩かけの鞄に入れ、机の上に事情を説明した紙を用意した。
何も言うなって言われたけど、書くなとは言われてないわ。
これで直ぐに追ってきてくれる筈だ。転移すると言っていたし、ヴァージルが追い着くまでに終えればいいのだ。
私は一瞬息を止めて決意をしてから、指示された通りに小箱の宝石を押し込んだ。
青白い魔術の光が部屋に満ちて何も見えなくなる。
光が収まった後には部屋には誰もいなくなっていた。




