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第十七話


 町の象徴だった教会が崩壊してしまっても、人々の心から信仰が消えたわけではない。

 拠り所を作るべく、神父さんは怪我を負った体で新たな簡易教会を作っていた。

 瓦礫から掘り出した神像を並べ祭壇を設置すれば、元は空き倉庫だったこの場所も十分祈りの場所に見えた。

 この数日間でぐっと老けてしまったように見える神父さんに胸が詰まる。

 ヴァージルと私の事情に巻き込まれ、死人さえ出てしまった。

 私がヴァージルを家に受け入れなければ、起きなかった惨劇である。

 一番悪いのがあの追跡者と魔天会だと分かっていても、関係者として申し訳ない気持ちしかなかった。

 せめてものお詫びに使えそうな薬草を提供しようと、手提げの駕籠に山ほど積んで神父さんに手渡した。

「これ、使って下さい」

「こんなに……。ありがとう。怪我人が沢山出たからね。助かるよ」

「いえ。いつもお世話になっていますから」

「私はカナの事を娘のように思っているんだよ。そう水臭い事を言わないでくれ。でも、これは本当に助かる。ありがとう」

 父のように慕う神父さんにそう言ってもらえて嬉しくなる。そして同時に何も事情を説明できない事に更に罪悪感が増した。

「何か悩みでもあるなら話してごらん」

 長い付き合いから何かを抱えているのを察した神父さんは、優しくそう言ってくれた。

 いくら神父さんとはいえ、ヴァージルの事情を伝える訳にはいかない。だから別の悩みを口に出す事にした。

「実は……新しく大事なものが出来たんですけど、それを大事にする為には元々持っていた大事な物を捨てないといけないかもしれないんです。それでどうしたらいいか、困ってしまって」

 これはヴァージルと薬草店の話だ。

 また追跡者が来るのではと不安がる私に、ヴァージルは二刃もこちらにいるのだから、向こうもそう気軽には手出しをしないと楽観的に言った。

 そして来たとしても、使い魔の監視網に引っかかってからこの町を離れるのでも間に合うだろうとも。

 その時、私はどちらかを選択しなければならない。

「ふむ。どっちも守るというのは駄目かい?」

「はい」

 神父さんは真剣に考えてくれ、暫くして彼なりの答えを言ってくれた。

「どっちを選んでも悲しい思いをするのなら、失った時により悲しくない方を選ぶかな。僕ならね」

「……はい」

「それはそうと、その片方は薬草店の事かい?」

「そうです」

「ベティならカナの決定に何も言わないと思うよ。あのばあさんは君を思って店を残したけど、足枷になる事を望んだわけじゃない。だから、心のままに動きなさい」

 ベティというのは、私に薬草店をくれたおばあちゃんの名前だった。

 私よりもおばあちゃんと昔からの付き合いのある神父さんはそう言ってくれた。それに随分心が軽くなる。

「ありがとうございます」

 神父さんは私に微笑んだ後、何かを思い出したような動作をした。

「あ、そうそう。君に依頼品が来てたんだった」

 久しぶりの解呪師としての仕事だ。

荷物の入った木箱が簡易教会の片隅に積み上げられており、神父さんはその中の一つから木製の小箱を持ってきた。

 小物入れにもオルゴールにも見えるその小箱を眺めながら、私は首を傾げた。

「私、神魔術以外はお力になれませんよ?」

 魔術にも種類があり、精霊魔術と神魔術の二つが主流だ。それ以外はヴァージルが使う使い魔などがあるが、数は少ない。

 私が解呪できるのは神魔術のかけられた魔術道具だけであって、他の魔術がかけられていればお手上げである。

 こういった小箱の物は半分以上が神魔術以外を使っており、私の範疇外である事の方が多かった。

「それが、駄目なら諦めるからいいんだって。とにかく見てもらいたいらしい」

「分かりました」

 それならば、既に他の解呪師に見せた後なのだろう。私は神魔法以外には無力だが、代わりに神魔法であれば全てを解呪できる。

 小箱を受け取って神父さんに頭を下げた。

「依頼、ありがとうございました。また来ます」

「君に祝福がありますように」

 別れの挨拶をして簡易教会の外に出ると、気を使って外で待ってくれていたヴァージルが傍に寄ってきた。

 先日の一件以来、何処に行くにも必ず付いて来てくれていた。それだけこの前の事件で不安にさせてしまったようだった。

「終わったか?」

「うん」

 ヴァージルは私が手にしている小箱を指さして聞く。

「それは?」

「依頼品」

「へえ」

 聞いてきたわりにはくあ、と欠伸をして興味もなさそうである。

 呑気に見えるが、今もヴァージルは町の周囲には常に使い魔を配置して不審人物がいればすぐに分かるようにしているらしかった。

「神父とは付き合いが長いのか?」

「十年前からかな。私のこの町で、父みたいな人」

「って事は、カナは別の場所から引っ越して来たのか?」

 何気なく問われた質問に、思わず心臓が跳ねた。

 それは、おばあちゃんが死んでから今や神父さん以外には知る者のいない私の秘密である。

「そう。遠い所から来たの」

「どこら辺?」

「んーと、すぐに説明するのは難しいかも」

「何だよそれ」

 ヴァージルの秘密を教えてもらったのだから、私の秘密も教えないといけない気がした。

 彼ならばそれを知っても見る目を変えたりしないだろうが、誤解なく説明する為に少し時間が欲しい。

「ヴァージルには、言わなきゃって思ってる。でももう少し待って」

「ま、言いたくないなら別にいいけど」

「そう言う訳でもないの」

「ふうん?」

 本当にどっちでもよさそうな様子で、ヴァージルは歩き出す。

 他人の事情に淡白なのは強者の余裕からだろうか。そんな所さえも愛おしく思う。

 彼の隣に並びながら、薄氷の幸福を噛み締めたのだった。


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