第十五話
「この女を殺されたくなければ、抵抗は止めるんだな」
足手纏いになんてなりたくない。私はヴァージルに向かって首を横に振る。
私の合図が見えているだろうに、使い魔達の攻撃が一斉に止まった。
「はははは! まさか、本当にこんな女が弱点とはな」
「ヴァージル! どっちみち二人共殺すつもりなんだから、構わないで!」
身を乗り出して声を張り上げるが、ヴァージルは使い魔達を全く動かさない。
それに気を良くした追跡者は実に嬉しそうにザカライアに命じた。
「ザカライア。一息に終わらせては詰まらない。死なない程度に殴りつけろ」
感情を失っているザカライアは、無表情のまま命令を忠実に実行した。
ガッ!
鈍い音がこちらまで聞こえてくる。地面に転がされながら、ヴァージルは殴られた腹部を抱えてうめき声をあげた。
「ぐ、あ」
それでも手に持つ剣をザカライアに向ける事はない。
ザカライアは再びヴァージルに向かい、苦痛に悶えるヴァージルに更に拳で殴りつけた。
「がはっ」
加減のない拳がヴァージルに容赦なく向けられる。自分が傷つくよりも何倍も苦しいのに、私はただ立っている事しか出来ない。
……ううん。このままヴァージルが殺されるぐらいなら、死ぬ覚悟で一矢報いる。
隣に立つ追跡者に視線を向ければ、ヴァージルが殴られる程に興奮してくるのか口角が上がっていく。
夢中になって食い入るようにヴァージルばかりを見ていた。
今……!
私は追跡者の耳飾りを一気に引きちぎった。
血が溢れて吹き出し、地面に赤い染みを作る。
追跡者は瞬時に自分の身に何が起きたのか把握すると、片耳を片手で押さえながら剣を振り上げた。
「この女……!」
急いでその剣の範囲から逃れようとするが、間に合わない。
ドスッ
私の体を追跡者の剣が届く寸前、ヴァージルの剣が追跡者の胸に突き刺さっていた。ヴァージルが自らの剣を投げたのだ。
あの状況で剣を手放すという事は、死を意味する。
急いでヴァージルに顔を向けると、地面に転がりながら安堵したかのような表情のヴァージルが見える。
そして同時に、糸が切れた人形のように動かなくなったザカライアの姿があった。
「クソッ……」
追跡者は最後に悪態をつき、顔を歪ませながら地面に倒れて動かなくなった。
手に血まみれの耳飾りを握りしめながら、今更自分の鼓動が早鐘のように早くなる。
暫く身動きしないままヴァージルの剣に貫かれた体を見ていたが、全く動く気配はない。
……死んだの?
まだ確信が持てない私の耳に、気の抜けたヴァージルの声が聞こえた。
「あー。疲れた……」
「ヴァージル!」
はっとして急いで彼の元へと駆け寄る。彼の傍にいるザカライアに警戒の目を向けるが、剣を向けてくることは無かった。
「もう大丈夫だろ。それよりよく、あれがザカライアの操縦桿だって気付いたな?」
彼が労うような笑みを向けてくれ、漸く終わったのだと理解した。
深く息をついて気を静めると、彼の言葉に首を傾げる。
「……操縦桿?」
そういえばザカライアは精神が壊れているのだった。きっとあの耳飾りで、もう一人の男がザカライアを動かしていたのだろう。
「分かって無かったのかよ」
「うん。ただ、魔術道具なのは職業柄分かったから……」
「はは、凄ぇ運良いな……痛ッ」
身を起こしつつ、ヴァージルは殴られた胸の辺りを手で押さえる。顔も何発か殴られたようで、痣になっていた。
「大変……医者に行かないと……!」
「大した事ねぇ」
立ち上がり、口の中に溜まった血を地面に出す。
とても大丈夫には見えないが、彼の足取りはしっかりとしていた。
指令を送ったのか、空や地面にいる使い魔達の姿が黒煙へと変わり消えていく。
ヴァージルは散々自分を殴りつけたザカライアの前に立ち、口の端を上げた。
「何するの?」
まさか復讐だろうか?
けれどザカライアは彼の話では精神が壊れていて、ただ操られていただけの筈である。
私の疑問にヴァージルは端的に答えた。
「『食う』」
その意味は、言葉で説明されるよりも見た方が理解出来た。
ヴァージルの足元の影がザカライアに伸び、影から黒煙が噴き出してザカライアを取り込んでいく。
それは確かに、大きな何かが人間を食べているかのような光景だった。
「魂無き人形に呪文は要らねぇよな? ザカライア」
抵抗もせずに黒煙に飲まれてしまったザカライアに向かって、ヴァージルが機嫌よさそうに話しかける。
そして黒煙が収まって地面に消えた頃には、ザカライアの姿は跡形もなく消えてしまっていた。
「……た、食べたの?」
「ん? ああ。俺の使い魔にした」
「だよね」
やっぱり『食う』というのは比喩だったようだ。姿がなくなったので、もしかしてヴァージルはモンスターの類だったのかと少し心配してしまった。
「はは、まさか本気で食ったと思ったのか?」
「違う!」
腹を抱えて笑い出したヴァージルの背中を軽く叩けば、怪我に当たったようで顔を歪めた。
「痛ぇ」
「あ、ご、ごめんね」
思わず心配して顔を見上げると、油断した私をヴァージルは両腕で抱きしめた。
「ちょっと、」
「……悪ぃ」
からかわれたのかと怒ろうとした私に、思わぬ深刻な声が降ってくる。少し驚いてしまい、動けなくなった。
「全部、話す」
彼の顔は肩にあって見えなかったが、何となくどんな表情をしているのか分かって、そっと背中に手を回した。
「うん。……家に帰ろう? ヴァージル」
望むとおりの答えが返ってくるか、少し不安に思いながら答えを待つ。
「……そうだな」
ヴァージルの返事を聞いて、私は漸く心から安心する事が出来たのだった。




