第十四話
狼の背中なんてものは、こんな緊急時以外に乗るべきものではないというのを思い知った。
激しく上下し、掴むところも毛しかない。振り落とされないようにするので精一杯で、これが普通の動物であったら今頃噛みつかれているだろうなと分かるような酷い乗り方だった。
そんな私を乗せながらも、狼達は森の凹凸に満ちた足場を軽々と超えていく。
これなら追跡者から逃れられるだろうと思っていたら、その気の緩みを嘲笑うかのように火球が頭上を飛び越えていった。
「止まれッ!」
後ろを振り返ると、追跡者が空を飛んで後ろから迫って来ていた。
どうやらこの男は魔術師らしい。木々を縫うように走る狼を、繊細な操作で離れず追ってくる。
私に魔術師を倒せるような技術は何もなく、全てを狼達に任せるしかなかった。
どうやらこのまま走っていても逃げきれないと判断したようで、私を乗せた一匹以外の狼達が踵を返して魔術師に立ち向かう。
空を飛ぶ魔術師に向かって狼が跳躍して噛みつこうとしたので、流石に速度を落とすしかなかったらしい。直ぐに魔術師の姿が遠ざかって見えなくなった。
森の中なら高度を上げても葉に遮られて地上が確認できない。このまま距離を開ければ、上手く逃げ切れるような気がした。
こんな危険にさらされているにも関わらず、ヴァージルを恨む気持ちは湧いてこない。
確証がないながらも、共にいれば巻き込まれるかもしれないとは気づいていたからだ。それでも傍にいたかった。
振り返って思い出してみれば、私は共に生活をしながら少しずつ覚悟を決めていたのだろう。
必ず生きて、彼の元に戻らなければ。
私が死んだと思った時のヴァージルの顔を思い出し、決意を新たにする。
ふと、狼の動きが変わった。今までの乗り心地でさえ十分に配慮されていたのだと分かるような、狼本来の走り方だ。
ヴァージルに何かあった?
そう思ったが、確かめる術はない。
狼の毛を必死に掴んでいたが、手から力は少しずつ抜けていくようだった。
遂に走る方向を狼が変えた拍子に離れてしまい、地面に転がってしまう。
急いで立ち止まってくれた狼にまた乗ろうとするも、私を目掛けて火球が背後から飛んできて阻止された。
「そんな……」
振り向けば追いついた追跡者が苦々しい表情を浮かべ、また手から火球を繰り出してくる。
狼がそれを自分の体を盾にして防いでくれたが、私を乗せて走り続けた事もあり疲労困憊しているように見えた。
絶体絶命の状況だと分かり、額から冷や汗が流れ落ちる。
相手も私に手段が残されていないのを分かっているのだろう。悠長に話しかけてきた。
「手間取らせやがって」
「他の狼達は?」
「無力化したよ。ヴァージルと繋がっていりゃ、もっと苦戦する所だった。……ザカライアと戦ってるんだ。あのヴァージルも、こっちの狼にまで気が回らねぇって事だろ」
さっき狼の異変はヴァージルが意識を向けられなくなった事によるものらしかった。あちらも苦戦しているに違いない。
狼が唸り声をあげて追跡者に飛び掛かったものの、見えない壁に当たったように弾かれてしまう。
「邪魔だ。『マジックミサイル』」
追跡者は鬱陶しそうに眉間に皺を作ると、青白い魔術弾を手から放つ。
「ギャンッ」
直撃を受けた狼が吹き飛ばされ、地面に転がって動かなくなった。
「殺してはないさ。殺せばヴァージルに気付かれるからな」
もう私を守る者は何もなく、追跡者は獣を捕まえるように私の腕を強引に引き寄せる。
「ふん、こんな弱者を守ろうとするとは。……まあいい。ヴァージルを倒したとなれば、俺も昇格される。人形のお守りもこれで終いだ」
男の歪んだ笑みを間近で見せつけられ、背筋が凍った。勝利を確信し、自らの踏み台にしようとする傲慢の笑み。犠牲になるのは私とヴァージルだ。
「放して!」
抵抗しようと試みるも、頬を力いっぱい叩かれ無力を思い知らされる。
「無駄な事は止めるんだな」
追跡者は私を抱え、上空へと一気に飛び上がった。抵抗して落ちればただでは済まない高度である。
成す術なく連れていかれ、ザカライアとヴァージルの前に連れ出されてしまった。
地面と上空には数多くのヴァージルの使い魔と思われるモンスターがいた。彼らがまるで一つの生命体のように連携し合ってザカライアに攻撃を加えている。
しかし、それでもザカライアには大きなダメージを与えられていないようだった。
「それじゃあ、精々役に立ってくれ」
追跡者が私に向かって剣を突き付ける。私の手足を拘束していないのは、そんな事をしても直ぐに対処できるという自信の表れに違いなかった。
「暴食のヴァージル! これを見ろ!」
ヴァージルの目がこちらを向く。私の姿を見て大きく目を見開いた後、苦々しい表情になった。




