第四話「夢の終わり―①」
「……結局あれから何もなし…………本当に何をさせたいの?」
本来なら実験用のモルモットにも等しい黒奴隷が、ただの農作業。今までの奴隷生活の中では一番平和な時間が続いていた。
「……もしかしたら、私が奴隷にならなかったら……こんな生活をしてたのかな?」
元々獣人族の里“ヒルデブランド”の里長の孫娘だったフランツェスカ。農業一家で生まれ育った彼女が、神仔族の奴隷省に買われ奴隷になってもう五年は経つ。
神の子である神仔族に逆らうことは許されない。奴隷省に選ばれた時点で、反論することすら許されない。だからフランツェスカは両親が自分を売ったとは思っていない。
選ばれた自分の運が悪い。だから仕方ない。ずっとそう思って生きてきた。もし、両親が自分を売らなければ父親も母親も今頃、生きてはいなかった。だから恨むことなど何もない。
だが……最下位の黒奴隷になった今が、奴隷人生で一番平和なんてことがどうにも彼女には理解できなかった。しかも主人はあのヴァンだ。
この麦畑を任されて、彼女には農業用の服と家が支給された。奴隷に服と家が支給されるなんて話は、ジークヴェルト王国前代未聞の事だった。ただ、その目的はハッキリしている。畑を持っているのに家がないのも怪しまれるし、服についてもそうだ。
言われてみれば“そりゃまぁそうだろう”という理由だが、そんな役割が、モルモット同然の黒奴隷の役割なのだ。確かに信じられないことだ。
「やほやほー。仕入れに来たよ~ん」
「あ、クレアさん」
彼女は引いてきた馬車から降りて、小麦の入った木箱を積み込んでいく。小柄で華奢な体つきなのに軽々と木箱を積み込むクレア。フランツェスカも“自称四勇者カイル”の訓練で鍛えてるのだが、木箱はかなり重く、抱えることすらできない。なので荷車を使って手伝うが、それでも肩で息をする。
「ほんと……どこにそんな体力あるの…………」
「えへへー。こんなの楽勝だよー」
何とかすべての荷物を馬車に入れ、賃金と当面の食事を一括で受け取る。……前の奴隷生活では食事すらまともにもらえなかったのに、最下位の奴隷の今は、食事はおろか給料までもらえる。
「あの……本当にいいんですか? こんなお金…………」
「そんなの当たり前だってー。奴隷の首輪はあるかもだけど、レヴォルは奴隷を奴隷として扱わないし、奴隷として見ない。みんな一緒だよ。前にも話したはずだけど?」
確かに言われた。だがとても信じられるものではなかった。
フランツェスカにとっては奴隷とは給料などもらえないものだったので、お金を持つということ自体あり得ない話だった。
「大体、奴隷に賃金払っちゃダメなんて法律ないし、黒奴隷が農業しても問題ない。きちんとやること終わったら奴隷の首枷も外してもらえるんだし、……早く自由になりなよ」
自由になるという一言が、信じられない気持ちだった。奴隷として指名されてから自由など夢見るだけ絶望する言葉でしかなかったのだから。
「ただ、今解放してもジルートとの奴隷契約がある以上、そっちのほうが有効になるだけ。それは説明したよね」
現状は、ジルートの白奴隷契約を、強引にヴァンが黒奴隷契約を上乗せして命令権をヴァンに移しているだけだ。ヴァンが首枷の契約を外そうとしてもジルートの契約が有効になるだけで、全く意味はない。
「え、ええ……」
「……つまり、ジルートを殺せば君は自由になるわけだ。がんばりなよ。自由をつかむのはヴァンじゃない。君なんだからさ」
そういうとクレアは、手紙を一つ彼女の胸に託した。それを手に取ると、その意味を察して、じわりと冷や汗をかき始める。
「…………ジルート討伐の手順だよ。よく読んでおきなさい。あなたは特に顔が割れているから、絶対に素顔を見られないようにすること。いいね」
「……はい」
……手紙…………いや指示書をゆっくりと開ける。それを読んでいくと、最後の文面に目を見開く。
「ジルートに止めを刺すのは……私の剣――――」
*** ベルンブルグ南方 ヴァルト川近辺 ***
馬車に揺られながら、自分の姿を、もう一度手鏡で確かめるフランツェスカ。
「それにしても、すごい魔術ね……」
「んふふーん。クレアちゃんの変身魔術は、最高レベルなのですよ」
フランツェスカは赤く変色した自分の髪をいじってみる。クレアから嬉しそうに手渡された鏡をのぞいてみると、そこにはキリっとした女剣士の姿が映っていた。髪型もきれいに整っていて、とても奴隷とは思えない。目つきも鋭く、目の色もエメラルドグリーンで輝いていた。
それに、見た目だけとはいえ首枷がない。そのかわりにエメラルドのネックレスが胸元で緑色に輝いている。
「これが……私……」
「……ちゃんと頑張れば、黒奴隷契約も解除される。自由を手に入れることができる……今みたいにオシャレもできるよ」
……それは女性として、彼女があきらめたことの一つだった。服は主人に決めてもらい、アクセサリーも身に着ける事などなかった。だが、今回はクレアと一緒に決めた自分の姿だ。……明らかに、奴隷ではかなわぬ自由だった。
自然に涙があふれた。すれ違う一般市民の女性を見ても、あきらめていた“普通の願い”が仮初めとはいえ、こんなにあっさりとかなった。
「……つらかったんだね」
つらいの意味が、すぐにはわからなかった。この胸が締め付けられる苦痛には、もう慣れていた。ふいに出てくる涙にも……彼女は慣れてしまった。
「……“つらい”……そっか……これが“つらい”…………だったんだね」
「そう……そして、これが“うれしい”だよ」
あふれてくる涙が、まだ止まらない。胸を締め付ける痛みはもうないのに、苦しみもないのに止まらない。
「……絶対に手に入れようね」
「はいっ…………はいっ…………‼」
自由なんて、とっくの昔にあきらめていた。だけど……フランツェスカの中に押し込めていた自由への渇望が、一気にあふれてくる。「あきらめた」と言い聞かせてた願いが、どんどん内側からあふれてくる。
「……急いで準備しろフランツェスカ。何度でも言うが、ちゃんと剣士になりきれよ」
と真顔で話す、白髪でよぼよぼなお爺ちゃんに、クレアはこらえきれず笑った。
「ちょっとヴァン‼ キャラ違いすぎっ‼」
杖を突いて、いかにもふらふら歩いてそうな髭の長い老人が、キリっとした顔でクールに話す姿はシュールにもほどがある。「ちゃんと剣士になりきれ」と言ってる本人がそれなのだから、さらにおかしい。つられてフランツェスカも笑う。
「……今は仲間しか見てない。演技をする理由などない」
フランツェスカは、いつの間にか本物の笑顔を取り戻したことに遅れて気付いた。
(そうか……思い出した。これが“たのしい”だったね――――)




