第三話「愉悦の炎―①」
「お前さんはずっと奴隷生活だったんだろう? だったら、筋肉のつき方もよくないはずだ。まずそこから改善していくからな」
「は……はぁ……」
武器屋の名前も知らないスキンヘッドおじさんが、どういうわけかフランツェスカの戦闘においての師匠として選ばれた。
フランツェスカはかなりラフな服を着ていた。ジーンズの短パンに赤の半そでインナーがプロポーションを際立たせる。迷彩柄のノースリーブから透き通った腕が伸びる。機能性が高く、通常より身体能力が高い熊獣人の彼女の力を最大限発揮させるための服と、スキンヘッドは満足そうに答えていた。
「……このメガネはなんですか?」
メガネ……と彼女は言うが、そのフレームはゴム。つまりはゴーグルである。
「お前は素人だからな。目を保護するときに、何かと便利だから持っているといい」
よくわからない様子だったが、彼女はそれを額の上にあげたり、かけてみたりしてみる。
「おぉ~……」
思ったよりフィットしていて、気に入ってる様子だ。目がきらきらと輝いている。
「そういえば、お名前を教えてもらっていいですか?」
「オレか? そうだな……カイル=グリードとでも名乗っておくか」
「……それ明らかに偽名ですよね?」
カイル=グリードと言えば、四勇者の一人だ。しかも四勇者の中でも高い忠誠心を持っており、世界がひっくり返っても、彼が国家を裏切る事などないだろう。
「ははは! まぁいいじゃねぇか。裏切り者のカイル様もな……どうせ奴は――――」
そこまで言って、口を押えて言葉を飲み込む。
「なんでもねぇ……それより、まずは食生活の改善。筋肉を育てるには食生活と運動の両立。飯食わずに運動もダメ。食事だけして運動しないなど言語道断。まずはそう言った基本を守ること。いいな‼」
「は……はい……」
豪快な自称カイルの声におびえて、おどおどしながらも声を絞り出すが、カイルと名乗った男は怒鳴りつける。
「返事はもっと大きくっ‼ 戦場では声の大きさも命とりになることがあるっ‼ 助けを求めないといけないときに、聞こえなかったで済むと思うかっ!? 聞こえなかったらお前は死ぬかもしれんのだぞ‼」
「は、はいぃ‼」
「まずは腹筋十回ワンセット‼ 行くぞっ‼」
「次は全力ダッシュ50Km‼ オラッ休むな‼」
「ひいぃ~~っ‼」
べそをかきながら走り出すフランツェスカを見送りながら、ヴァンは自称カイルの隣で腕を組む。
「順調か?」
「……正直熊獣人族にしては筋力不足だな。基礎代謝は十分だろうから、いずれ筋力はつくだろうが……」
「それにしては、足が速いようだな」
奴隷生活を送っていると、食生活の乱れと運動量のバランスが悪いので筋力が低下しがちだ。特にフランツェスカは黄奴隷。上級貴族の世話程度の運動では、戦闘では使えない。
だが、脚の筋力だけは十分だった。
「……フランツェスカはそもそも農家の一族だったようだ。だから足腰は鍛えられてたようだな。奴隷生活のおかげで減量も十分のようだし」
「それにしちゃ余計な脂肪が……ぐぬぬぅ」
どこからともなくクレアの声がした。だが、その姿はなかった。
「ふっ。クレアちゃんも形無し……いや、胸無しか? あだっ‼」
ヴァンの右拳がセクハラ親父の後頭部にめり込んだ。
「ぐぬぅーーーー‼ 僕だって、いずれあのくらいぃーーーー‼」
――――だが、すでに百年の時間を生きたクレアに、将来性などないのであった。
一通りの体力づくりを終えたフランツェスカは、そのまま滝のような汗を流しながら、地面にうつぶせに突っ伏している。
「まぁ、こんなもんだろ」
「…………」
もはや反応すらできない熊獣人。息も絶え絶え……というより、呼吸しているのか怪しいほどだ。……というか、魂が完全に抜け出してしまっている。
「ったく……このくらい序の口だぞ?」
「……じょの……くち……って……なん……っだっけ……はぁ……はぁ……」
何とか返答しようにも、声がかすれて、何を言っているのかわからない。
「いいか? お前はこの体力づくりを毎朝やれ。一日でも休むな。わかったな? なぁに、一週間過ぎる頃には、息もほとんど切らさないようになるさ」
「う……は……はい…………」
「はぁ……ったく、大丈夫か?」
このまま地面にうつぶせで、倒れさせているわけにもいかず、体を起こし、肩を貸しながら近くにあったベンチに向かう。
しばらく休み、カイルにお茶をもらいながら、なんとか息を整える。
「…………スズメ……かな?」
「は?」
「あそこ……」
彼女が指さす先には雲しかなかった。試しに双眼鏡を覗き込むと、確かに、遠く先にスズメが飛んでいた。
「……あれが見えたのか?」
「スズメじゃ……なかったですか? じゃあ……ウグイス…………か…………」
最後まで言えずに、そのままカイルの肩を借りて眠りについた。
「まじかよ……こっから何ヤードあると思ってんだ?」
改めて肉眼でそのスズメを見る。ほとんど雲の影と同化するほど小さく、人によっては探すことも困難かもしれない。少なくとも五百ヤードは離れた小さなスズメを疲労困憊の肉眼で見ることができるその目の力に、自称カイルは息を飲んで思わずも興奮していた。
――――そうやって、修行を続け……数ヵ月が過ぎた。




