第二章エピローグ「明日香の戦う理由」
――――ベルンブルグ酒場にて。
その日、新たに仲間になったイリーナ、リー、そしてガイウス、ヴァン、クレア、フランツェスカ。この六人で食事を楽しんでいた。
「んぐんぐ……お肉うまぁ…………」
「……すげぇ食うな。獣人のねーちゃん」
そんなリーの声もお構いなしに、巨大な獣肉にかぶりつくフラン。
その勢いは、水を得た魚……いや、肉を得た猛獣といったところか。リーもなかなかの大食い少年だが、フランの勢いはそれに輪をかけている。
「そう言えば、アスカとはどんな人物なんだ?」
あきれたヴァンは話をすり替えた。どんな形であれ、アスカが一騎打ちを求めたため、ピンチを乗り切ったようなものだ。ヴァンとしても素性を知りたかったのだ。
「そうだなぁ……。普通にいい子なんだろうが、たまにわからないことがあるんだよ」
「わからない事?」
「なーんか隠している雰囲気なんだが、頑なに話そうとしないんだ」
隠し事と聞くと、どうにも怪しくなりそうな感じだが、ガイウスの話からはどうにもそう言った邪念を感じない。それに同調するようにリーが付け加える。
「んー……アスカねーちゃんは、結構なアニメ好きってのは間違いないんやけどな」
「……アニメ? なんだそれは」
「ああ。アニメってのは、現実世界側の娯楽。動く絵に声をあてて演出する一種の演劇さ」
クレアも、ヴァンも初めて聞く単語に感嘆の息を漏らす。……なお、フランは目の前の肉料理に夢中だった。
「だけどな。なーんかアスカねーちゃんと話が合わないことがあるんや。テニスのアニメで、主人公とヒロインの恋愛の結末が気になるーってオレが言ったら、なんやライバルキャラとの関係がどうのこうの……」
「ああ。オレも気になってたんだよ。日本の自衛隊連中から勧められたアニメの話をしていると、どうにもヒロインとの恋愛の話は避けるんだよな。鉄血のガンガルの話題振った時も、主人公と隊長の関係のことばっかりでさ」
「それに……なーんかたまにわからない単語をしゃべりだすんや。『推しカプ』とか『攻め、受け』がどーのこーのとか『やおい』とか。あと自分の事を『腐ってますから』って言いだしたりするんや」
じつに奇妙なものだ。ゾンビでもないのに、自分を腐っていると表現するとは。ヴァンも、クレアも、首を傾げた。……が、この中で一人だけその意味がわかり、思わず口に含んだものを吹き出しそうになった。
「……ん? どうした? イリーナ」
イリーナは必死に笑いをこらえていた。どうやら、その謎の単語の意味がわかっているようだが、そのことを語ろうとはしない。
「あ、そうだ。ヴァンにーちゃんとレオンにーちゃんの事も、たまに話してたんや。『尊すぎる……あのイケメンカップリング完璧推しカプだわ』って」
その瞬間、イリーナはクスクスと笑いだす。何がそんなにおかしいのだろうか?
「……推しカプか……何か、特別なワードなのか?」
ヴァンが考え込むと、それに同調してガイウスも頭を抱えた。
「わからない……。だが、それがヴァンと、レオンハルトの事を指すなら、何か常人には見えない剣士としての直感が、何かを見せているのかもしれないな……」
「……剣士の直感か……推しカプとは……奴のいた日本では、命運分かつ敵同士……そんな意味を持つのかもしれないな」
さすがに耐えられずといった感じでイリーナは笑う。ひとしきり笑うと、苦しそうに息を吐き落ち着きを取り戻すイリーナ。
「はぁ……明日香は変わらないわね」
アスカを倒した時といい、どうにもイリーナは特別な関係にある様子だ。
「イリーナお前、アスカの事知ってるのか?」
「ええ。彼女は元々私の同級生。日本は私の留学先よ」
「留学先……じゃあ、お前はアスカと知り合いだったのか」
「そうよ。星陵学園中等部。数年間だけど、割と仲のいい友達だったわ」
確かに、イリーナがアスカを気に掛ける様子は、友人に向けるものだった。だが、転生したたった四人のうち二人が知り合いなんて偶然あるのか?
「邪推してるとこ悪いんだけど……転生以前に友達だったのは私達だけ。他は知らないわ」
ヴァンの推測に水を差すように、イリーナが補足する。同時に、リーやガイウスが頷いた。
「イリーナの言う通りだ。イリーナとアスカが友達だったのは、偶然だと思うぞ?」
「…………」
ヴァンは、それでも腑に落ちなかった。この謎が、偶然ではない……そんな気がしたのだ。
「推しカプ……もしかしたらこの単語に、何か重大な意味があるのかもしれない」
「いや、それはないから」
*** ライネルの背中にて ***
「アスカ様。もうすぐジークヴェルト王城です」
「ええ……本当にありがとう。ライネルちゃん」
安堵するアスカだったが、どうにも心ここにあらずと言った様子だった。
「それにしても……ヴァン=リベリオン……。やばいわ……想像以上のイケメンだった……」
……そう。桜田明日香……18歳。彼女は……腐っていた。
彼女の焦がれていた異世界の生活は、あまりに刺激的過ぎた。ただでさえ筋肉フェチなのに、周りの男はイケメンぞろい。BLばかり漁っていた腐女子にとっては、完璧すぎるオアシスとなっていたのだ。
「いままで何とか自分に残ったTL属性でレオンを愛してたけど……あれはまずいわ」
TLとは……要するに女性向けの男女恋愛のエロ本。確実にヤってるのに、ギリギリの規制ラインを攻めることで18禁にならない特殊なジャンルである。
またBL……つまりはボーイズラブは、言葉通り男性同士の禁断の愛をテーマにした作品が多く、女性オタクに人気が高く、その中でもBL本をこよなく愛読する女性を、婦女子を転じて腐女子と呼ぶ。
そう……彼女が、ヴァンと戦う理由は……たった一つ。
「万が一にも二人が近づこうものなら……私の妄想が爆発しかねない……なんとかしなくては」
……桜田明日香……腐女子の異世界生活は、崩壊の危機(?)にさらされていたのである。




