第七話「過去の自分と目の前の自分―①」
『……僕がサポートする。相手が拳ならこっちも拳で行こう』
戦略において相手の特異な土俵で戦うのは愚策。だが、このままでは策もないのも、また事実だった。ゆっくりとヴァンが構えると、にっと笑ってリーも構える。
……ヴァンが有利な点と言えば、右腕の鉄鎧だ。普通の拳より重い分、攻撃力も高い。……が、拳の重さならばリーも同じだ。最も、彼の場合単純なパワーと、身のこなしによるものだが。
「はぁっ‼ てりぁ‼」
リーの拳を受け流しながら、策を練る。飛び回し蹴りを、体制を低くしてかわし、お返しにアッパーを顎に決める。だが、リーはまるで食らっていなかった。ニパっと上機嫌に笑い、再び連撃を加える。
「ぐぁ‼」
明らかに、リーの拳のほうが重い。ヴァンより一回り小さな体で、ここまで重い一撃を放てることに、ヴァンは驚いた。……もしかしたら、リーには他にも力の根源があるのかもしれない。
「……そう言えば、ガイウスが言ってたか。魔法とは違う、別の力をリーは持っていると」
唐巍国。このジークヴェルト王国から見て南東にずっと進んだところにある国。ちなみにその近くの島国に東ノ国が存在する。
その二国が共同して研究している魔力とは全く異質の力。気と呼ばれる力だ。光魔法に近いが、魔力と言うより生命エネルギーを使いこなして、身体強化と波動と呼ばれる光線系攻撃魔法に近いものを放つという。
『気か……基本的な対策は光魔法と一緒。光魔法は生命エネルギーに近い魔力だからね』
五大魔法属性と呼ばれる『火』『水』『風』『土』『木』そして、その五大魔法も元は『光』『闇』の二属性から生まれたとされる。
『光』のマナは、常闇を照らす『炎』と生命の息吹の『風』の魔法を作り出し、『闇』のマナは深海の『水』光を閉ざす大岩の『土』木陰を生み出す『木』を作り出した。これがこの世界の魔法の基礎理論である。
特に『光』と『闇』の魔法は、自然の力を利用せず、自身の魔力のみで発動する異質の存在とされている。
そのいずれにも属さないリーの力。「気」は生命エネルギーそのものを力として使う。その力が身体強化や魔導のような攻撃に使われる。そして切り札と言われている遠距離砲撃『虎爪嵐波』の存在も気によるものだろう。
片腕に気を集め、気合と共に放つ。手のひらから爪のような鋭さと嵐のような激しさで放たれる光線系の技。厄介なのが、魔法より発動スピードが速く、砲撃自体のスピードも銃撃のように早い。しかも、多少荒っぽい姿勢で打っても誘導されるように曲がるので。銃撃より厄介だ。
「……だが、避ける方法がないわけじゃない」
ヴァンはリーとの距離をとる。その瞬間、青白い光がリーの右腕に集まる。ヴァンは鋼鉄の右腕をゆっくり引いて構える。そして、低い体勢のままリーとの距離を一気に詰める。
完全に死角を突いた。ヴァンのアッパーがリーの顎を……穿たなかった。
「なっ……」
消えた。手ごたえも足音もせず、まるで消えたようにいなくなった。
「ぐぁ!?」
後頭部に鈍い痛み、その瞬間ヴァンの体はまるでぬいぐるみのように簡単に吹っ飛ばされた。何が起きているのかもわからず、空中で体制を整える。……が、その目の前には、また音もなくその少年がいた。
「くっ‼」
右腕で何とかリーのパンチを受け流す。不気味なほど無邪気な少年の笑顔が、ヴァンの心臓をゾクリと震わせた。
『っ‼ ヴァン‼ 耳に頼っちゃダメ‼』
クレアの叫び声と共に、少年の拳がまた、ヴァンに飛んでくる。ヴァンは赤翼を出現させて翻す。
危険を察知し、空中戦は危ないと判断して急下降する。上空を見上げると、いまだ空中に静止し右腕に気をためるリーの姿があった。
「あいつ……空が飛べるのか!?」
「虎爪嵐波ッ‼」
青白の鉤爪が、ヴァンの首筋を狙う。ヴァンはバク転で、その一撃を回避し、曲がり切れなかった波動は地面をえぐる。
「あはっ‼ にーちゃんすげぇやん‼ オレの決め技やったんやけどなぁ」
彼は、間違いなく空中で静止している。空中制御はかなり高度な技。ヴァンの赤翼も空中で完全静止するのは難しい。
「いや……そうか……」
リーを下から見たことで、その正体に気付いた。気と呼ばれる力がリーの足の裏に集まっている。つまり彼は飛んでいるわけではなく、空に発生させた気の上に立っている。飛んでいるというより、空中に立ち、走り抜けることができる。
「虎脚陰雷……天歩とも呼ばれる技。空中を駆ける技でもあるけど、それと同時に足音を完全に消せる。おもろい技やろ?」
「なるほどな……」
耳に頼ってはダメとクレアが言った意味がわかった。ヴァンは五感すべてで相手の動きを読むことができる。そのうち聴覚が消えたため、実際に予測したより早く相手が動いたように見えたのだ。
リーが空中からゆっくりと大地に降り立つ。強者の余裕か、それとも本気で楽しんでいるのか。その顔には笑みがこぼれている。
「楽しいか?」
「ん?」
「暴力が……そんなに楽しいか……?」
すると、頬をかきながら、苦笑交じりに答える。
「暴力じゃなくて、拳法なんやけど……まぁいいやん。何事も楽しめって、じっちゃんが言ってた。楽しもうや‼ にーちゃんは楽しくないんか?」
「楽しくはない……無能な暴力が、誰かを傷つける姿を、俺は何度も見てきた……」
それは、まさに過去の己の姿だった。
己を神の仔と信じ,親の言葉を疑わず、真実を知ろうともせず妄信し、その力を誇示してきた。そのまま道を歩めば、確実に他の神仔族と同じ道を歩んでいただろう。
「……お前も見ていたはずだ。奴隷達の姿を」
奴隷というキーワードで、リーは言葉を詰まらせる。
「お前は、本当に今のままで奴隷がいなくなると思っているのか?」
「それは……お、オレはレオンのにーちゃんや、アスカねーちゃんを信じる。アンタこそなんや‼ 暴力が楽しいか? とか言いながら戦争起こそうとしとるのは、にーちゃんやないか‼」
「そうだ……もう終わらせなければならない。こんな戦いは……っ」
再び、拳を構えるヴァン。しかし、リーの走法は、音も気配も感じなかった。目でとらえることもままならない。なるほど、これほどの体術を極めているならば、矢が飛び交う戦場でも拳だけで戦えるはずだ。
たいしてヴァンは、拳法が得意というわけではないが、一応剣を失った場合の戦いも学んでおり、ガイウスからイタリア軍仕込みのCQCも学んでいる。……が、リーの拳法には遠く及ばない。
『……ヴァン。わかっているはずだよ。戦いにおいて大事なことは』
「ああ。……相手との違いを認めることだ」
相手の土俵で戦う限り、勝機はない。勝つには、自分と相手の違いを認め、自分の有利な部分で戦うことだ。




