第六話「無垢な闘士―②」
ヴァンはガイウスのに教えてもらった四勇者の話を思い出す。リー=パイフゥと言えば、大戦時わずか十歳にして戦場をかけた天才少年。武器を使わない徒手空拳が基本スタイルだが、戦場では棒術を使っている姿も目撃されている。
だからと言って距離をとってもリー=パイフゥには奥の手がある。単純な攻撃は意味がない。
「ライちゃん。隠れとってや」
「わ、わかった……。でも……リー君も、気を付けてね」
ライちゃんという愛称で、竜人の少女の正体がわかった。以前ガイウスが話してた竜王の子供。ライネルだ。戦闘能力は低いが、闇魔法の隠ぺい、念話系の魔法が得意だ。
……とはいえ、ジークヴェルトにヴァンがいることくらいは誰でも知ってる。知られるのは、能力や技だろうが……それ以上にヴァンにとっては好都合なことが一つあった。
なんにしても、ライネルは後回しにしていい。まずは、リーを相手にしなくてはならない。
「……ヴァン。わかってるよね」
「ああ、わかってる」
リー=パイフゥは、四勇者の中でも仲間に引き込めるかもしれない人物の一人。絶対に、ここで殺してはいけない。
ということは、ヴァンとクレアの能力……つまり血の刃は使えない。あれは猛毒の剣のようなもの。クレアの血が相手の血流に振れただけで、相手の血液をクレアの血に変換してしまう。
通常、徒手空拳と剣では、剣のほうが圧倒的に有利だ。しかし、リー=パイフゥは、槍や矢が飛び交う戦場で己の拳だけで生きてきたという事実が存在する。さらに、ヴァンの技は事実上封じられている。殺さないという条件は、この吸血鬼の体にはかなり不利かもしれない。
「クレアっ‼」
クレアが赤い血液にもどり、ヴァンの鋼鉄の腕の中へと吸い込まれていく。
「おおっ‼ それが噂の合体かぁ‼ かっちょえぇ‼」
「……なんなんだ? こいつは」
合体ではないのだが、そんなことよりも、まるで戦いを楽しんでいるかのような少年のまなざしが、癇にさわった。
まるで、過去の自分を見るかのようで……。
「くっ」
そんな迷いを振り払うように、直剣を構える。
(ムカツクぜ……テメェみたいな無垢な信者がいるから、神仔族が好き放題できるんだ)
ヴァンは、一足で間合いを詰め、直剣を上段から切りかかる。
「ほいっと!」
剣は、リーのハイキックで軌道をそらされる。そのまま左の正拳突きがヴァンの頭をとらえるが、寸前でかわし、いつの間にか剣を捨てたヴァンの右手がリーの右上腕、左手が右手首を捕まえる。そのまま背負い投げを決め、リーの体が宙に弧を描く。
大きな衝突音と共にリーの体が地面を叩く。が、瞬間強い殺気を感じてヴァンはすぐ手を放しバク転しながら剣を拾う。次の瞬間、受け身をとった左手を軸として、リーは竜巻の如く回転し回し蹴りを放っていた。その勢いで飛び上がり、両の足で着地をすると「あはっ!」と実に楽しそうな笑顔を見せる。
「やっぱつえぇ‼ この戦いむっちゃ楽しいわぁ‼」
戦闘を楽しむほどの強い相手を見るとうずうずしてしまう。そんな少年のような瞳。それを見るたびにまるで過去の自分と戦っているようで、イライラしてくる。
「……お前は、今も神の仔を信じているのか?」
つい、ヴァンは聞いていた。それはまるで過去の自分に問いかけるようなで、かなり嫌な気分だった。
「嘘かどうかなんて、オレにはわからん。だけど、オレはレオンにーちゃんと、アスカねーちゃんは嘘つかんと思ってる。オレには、それだけで十分や」
「そうか……」
――――殺す。殺してやりたい。今、怒りに身を任せられるなら、どれほどよかっただろうか?
目の前の少年は、まさに過去の自分と一緒だ。両親の言うことを何も疑わずに信じ、自分が何をしているのかも考えずに弱者を虐げ、殺していく。しかも、相手の傷も考えない純粋無垢な戦闘狂。手に負えない狂人。自分では考えず、答えを求めない罪深き存在。
ヴァンの一番気に入らない存在が、今、目の前にいる。
「っ‼」
身を大きくひねり、右下から切り上げる。それを紙一重でかわし、正拳突きを放つ。ヴァンは、体のひねりを生かして回転し拳をかわすと、そのまま遠心力を込めた横薙ぎがリーに迫る。だが、左肘と左膝で剣を、まるで白刃取りのように止める。ヴァンはそれも読んで左フックをかますが、鼻先をかすめてかわされながら、バク転して距離をとるリー。
今度はリーが攻めてきた。左拳のラッシュでけん制しつつ、隙を見つけるやいなや回し蹴りか正拳突きが襲い掛かる。そのすべてをなんとかかわしていくが、相手の方がスピードが速く何発かかすってしまう。
「このっ‼」
ヴァンは一歩下がって右腕を前にかざす。すると血液が二人の間に割り込み、鋼鉄の硬さを持つ防壁へと変わる。
「そんなんで、オレが止まるかっ‼」
だが、その防壁は拳であまりにあっけなく破壊された。防壁の破片がヴァンの頬をかすり、一筋の紅の線を描く。
「こいつ……四勇者というだけはある」
神仔族陣営を勝利に導いた四勇者。その一人で十歳という若さで、しかも徒手空拳というハンデの中で、圧倒的な力を見せつけた男。リー=パイフゥ。筋力や体力では四勇者最強とまで言われたほどの実力者。
まるで幼いながらも聖騎士となった自分のようだ。そう言う考えが頭に浮かんでは、どんどん怒りがこみあげてくる。
「気にくわねぇ――――」
剣を水平に構え突進する。身構えるリーだったが、その寸前でヴァンは急停止する。ちょうどその辺りは草が生えておらず、土が煙幕となって二人を覆う。
「そこやっ‼」
「ちっ!」
目つぶしで見えなかったはずだが、ほんのわずかな気配を察知し、ヴァンの剣撃を手甲ではじく。お返しとばかりに左ストレートが土煙を吹っ飛ばしながらヴァンの鼻先をとらえる。なんとか体を反って回避し、そのままバク転をする。着地した寸前をリーのローキックが襲う。剣を突き立てて防ぐが、そのまま剣は折れてしまう。
「くっ!」
後ろによろけながらも、体制を立て直す。しかし、その暇すら与えまいとリーが追いすがる。
『ヴァンッ‼』
思わずヴァンの体内のクレアが叫ぶ。それとほぼ同時に刹那の三連撃がヴァンの胸に決まる。
「がっ!?」
激しい一撃で血を吐き出す。そのままリーが攻めるかと思いきや――――。
「なっ!?」
ヴァンの吐き出した血が紅のナイフとなりリーを襲う。だが超反応でそれを回避する。
「おー……あぶねーあぶねー。吐血した血でも操作可能なんか。すげぇやん‼」
完全に意表を突いた攻撃だったが、刹那の殺気を読んでかわした……いや、クレアが殺気を放ってかわさせたと言うべきだ。
「……なにしやがるクレア……あんな丸見えの殺気出しやがって」
『ヴァン。熱くなりすぎ。あのままじゃリー君殺してたでしょ』
「……けっ」
ヴァンの殺意を察知したクレアは、ヴァンが止めを刺す前にリーに殺気で危険を伝えたのだ。リーは明らかに、ヴァンの攻撃には気づいていなかった。あのままではリーは死んでいた。
「だが、クレア。奴を殺さずに倒すのも難しいぞ」
『確かにね。戦闘が素直な分ハッキリと実力がわかる』
リーはおそらく、かなり正直な人間なのだろう。だまし討ちや、フェイクには引っかかる。引っかかるがそれでも、運動量の多さでカバーしている。強引で粗削りだが、基礎ができている証拠だ。
だが、見たことがない戦闘スタイルだった。どこか洗練された拳と、独特の構え。重い拳と素早い動き。ガイウス曰く、リーの使う技はカンフーと呼ばれる物らしい。ガイウス達がいた世界では有名な技らしいが……。
「ぐっ‼」
クレアと話している間も、リーの攻撃は終わらない。無拍子で繰り出される拳が、頬と脇腹をかすめる。
「何ぼーっとしとるん!? 早く戦おうやー‼」




