第五話「敗者―②」
フランは、ベルンブルグの教会……ずっと自分を縛り付けていた場所にいた。
今は誰もいない。ジルート討伐後、防衛していた隊は崩壊し、逃げ出すものや降伏するものばかりで、反抗しようという姿勢は見せなかった。
それもそうだ。今まではジルートの奴隷があちこちに存在し、市民のほとんどは反抗する可能性すらなかった。ジルートの奴隷が多かった理由で、奴隷でも平和な環境を作っているからということもあったが、街で生きる奴隷達は警備と報告を義務付けられていた。奴隷の首枷により、強制的に従わされている状況では、事細かな反抗行動も見抜かれてしまう。
しかも、そもそもこの街はレヴォルに取らせるために使われたいわばオトリ。撤収が速かった原因にはこれもあるだろう。
そして市民達を次に襲ったのは、大麻の副作用だった。今は半数以上の市民が副作用に悩まされている。
レヴォルにとって最も厄介だったのは、大麻を求めて別の街へ飛び出すパターンだ。そもそもベルンブルグで大麻を生産していない。
原産地や闇取引をしてくれる人を探そうしてさまよう。交換条件としてレヴォルの情報を流そうとする人間もいるくらいだ。
だが、本拠地の場所はおろか、その実態すら流していないレヴォルの情報を、必要とするジークヴェルトの騎士は誰もいなかった。仮に流せたとしても、今はベルンブルグに本拠地を移した事くらい誰でも知っている。今さら最初の本拠地である小さな村を襲ったところで、大した意味もない。
田畑を襲えば多少は兵糧攻めができるかもしれないが、そもそもベルンブルグにも畑はある。だから、ジークヴェルト軍からしてみれば、ベルンブルグを壊滅させた方が早い。
「…………はぁ」
そんなことより革命軍レヴォルなんてたいそうな名前がついていても、その勢力は千どころか百にも満たない。ベルンブルグを包囲、管理するだけでも手一杯。ヴァンやクレアが昼夜問わず働いたから何とかなっているものの、このままでは維持するのも難しい。
だが、一般市民……特に奴隷なんかにそんなことわかるわけもない。彼らからしてみれば、救世主が現れただの、大麻という最高の快楽を奪われただの言いたい放題だ。なんとかレヴォル側の意見に納得してくれる協力者は一般市民から勝ち得ているが、多いとはとても言えない。
なんにしても、ベルンブルグをとったことで、レヴォルには大きな足枷ができてしまったことには変わりない。巧妙な策略ではあったが……フランはその非道さに、きつく歯を食いしばった。
「……何してるんすか?」
「あなた……ルナ⁈ よかった。薬が効いたのね」
ルナ=ローゼンハイム。あの大麻の影響で一時期豹変していた猫獣人の少女である。
「……まだ頭がくらくら……ってちょ!?」
苦しそうに頭を抱える彼女を、フランは抱きしめた。そして、自分の事のように嗚咽を漏らしながら喜んだ。
「よかった……よかったっ‼ 私、心配して……」
「……先輩を裏切ったのに?」
「いいのよ……いいの。あなたが元気になったなら、それで…………」
ただひたすらに、彼女の頭をなでる。そのたびに彼女の猫の耳がふにゃりと心地よく形を変えていく。
「……いいわけない。私……先輩を蹴落として、ジルート様に媚び売って……あげく薬に狂わされて…………それを助けてくれたのが蹴落とした先輩って……どんなギャグっすか」
「そんなの気にすることない。私にとって……あなたは可愛い妹のような存在だったんだから」
それがあんな風に狂い、豹変した……。それはフランにとって、どんなに残酷だったか…………。
あの姿を見た瞬間、ルナに対する怒りはいとも簡単に消え失せた。それより、彼女を助けたいという気持ちが強く残った。
「それに、裏切ったなんて思わないで……奴隷だったんだもの。そんな状態になれば、誰かを蹴落として前に進みたい気持ちになるのもわかるから」
「先輩……うぅ……なんで恨んでくれないんすか……あ、あだじ……ひどい……こと…………ぐすっ」
「ごめんね……奴隷の子に何されても恨むなんて事、私にはたぶんできない……痛いほど気持ちがわかっちゃうから…………」
嗚咽はついに叫びに変わり、滝のように涙を流す。ずいぶんとみっともない姿だったが……何より愛おしいものをめでるかのように、彼女の頭をなで続けた。
「とまぁ、こんな感じっす」
泣き終えたルナは、現在の症状を詳しく説明してくれた。
まるで大麻の後遺症が一切ない……ように見えるが、大麻への依存症はまだ残っており、イリーナの処方した薬も、しばらく服用しなければならない。体力も以前よりなくなった。脳へのダメージも若干の記憶障害が残ってる。リハビリで回復していくしかないところで、彼女にはしばらく療養してもらう以外なさそうだ。
「不幸中の幸いって事かな……まだ、リハビリで何とかなるってのは」
「まぁ、そうっすね……」
しかし、記憶障害が生活に支障がない範囲で済んだことは、奇跡としか言いようがない。本来ならもっと日常生活に支障が出るものだ。若干活舌が悪いような気もするが、気になるほどではない。たまに言葉を噛む程度で、とりあえずは聞き取れる。
「あはは……でも、うん。わかった。リハビリ頑張ってね」
「はい……本当にありがとうございました。何かウチにできることがあったら、言ってくれっす」
「……ウチ」
ルナはハッとして、口を押える。
「ごめんっす……ウチは私。私の故郷の方言っす」
「ウチ……方言……ルナはイタリスの出身なの?」
ルナはコクリと頷く。イタリスとは母国語こそ一緒だが、方言による微妙な違いがある。
しかし妙な話だった。イタリスはもう二十年も冷戦状態にある。
「……ご両親はイタリスにいるの?」
「多分……記憶がはっきりしないっすけど」
「そう……」
正直不自然なところだらけだった。わざわざ冷戦状態にある国の民間人をさらって奴隷にする必要があるのだろうか? しかもルナは十五歳だ。つまり最低でも冷戦になってから五年たった後に奴隷となったわけだ。反乱軍との内戦勃発の最中で、冷戦中の敵国を刺激するような行為。そんな危険を冒してまで彼女を奴隷になどするだろうか?
「…………」
だが、いくら考えてもこれ以上調べようがない。あまりにも都合よく、その部分のルナが記憶が消えたからだ。
(……もしかしたら、この奴隷解放戦争の先に待つのは、とんでもない真実なのかもしれない。それこそ、本物の……神仔族なんかじゃない、絶対的存在が…………)
この時フランは、なぜかこの言葉を思い出した
――――弱肉強食は絶対不変であるがゆえに存在する。




