第二話「黒の奴隷―①」
「あ、やーっと起きたよー。あの睡眠薬効きすぎだなぁ……薬屋さんに調整するように言っとこー」
かなり能天気な少女の声で目が覚めた。フランツェスカが辺りを見渡すと相変わらずの牢屋だったが微妙に違う。
何より清潔だ。死体の処理もまともにしてなかった性奴隷の牢獄とは違い、清掃は行き届いていた。もちろん牢獄なのだから、冷たい石の壁に床。ベッドもなく藁が敷かれているだけのひどい有様だったが……。
「んっと……ヴァンに、どこまで聞いてるかな?」
ヴァン……つまり死神と呼ばれるテロリストだ。おそらく自分を助けた男のことだろう。そう思ったフランツェスカは左右に首を振って、何も聞いてない事を伝える。
「あ、貴方達は、その……テロリストなんですか?」
「んまぁ、そうなんじゃないかな? 神の仔とかいう神仔族にとっちゃさ」
テロリスト……そう聞いてやはり怖くなった。怯えて胸元を隠すように手を添えたると、ようやくフランツェスカは手枷が外れてる事に気づく。
「え……えっと、助けてくれたんですか?」
そう聞いてみると、赤髪の少女はニヤニヤしながら自身の首を指差す。おそらく、まだ外れていない首枷の事かと思い、フランツェスカは引っ張って確かめてみる。
「あ……あああぁ…………」
その顔がみるみるうちに絶望に染まっていく。
――――その首枷は黒かった。
「いやぁー中々見ないよねー黒枷なんて。だって大体その枷付けた人、数日で死んじゃうじゃん? これ激レアってやつ?」
黒枷……奴隷最下位、黒奴隷につけられる首枷。
これを付けられたものは、人権の全てを剥奪される。その主な利用目的は人体実験であり、ほとんど処分に近い扱いだ。
「これで僕達に何されても、君は逆らえなくなったわけだ。指折られてもー? 薬で狂わされてもー? 解剖されても抵抗できない。いやー君の人生おわったね♪」
「ひぃ――――」
助けるみたいな事を言っておきながら結局利用される。しかも今度は陵辱されるどころか実験ネズミにされる。騙された自分の愚かさを嘆きたくなる。
「いい加減にしろ」
「あだっ‼」
赤髪の少女の後頭部にチョップが決まる。ついでに舌を噛んだようで痛みに顔が歪む。
「痛いじゃないか、ヴァン!」
「うるせぇ黙れクレア。お前が説明しねーと、話が進まねーんだよ」
ぶっきらぼうだがクールなその男。さっきフランツェスカを拉致した男だった。さっきまでいた牢と違い少し明るいため、その顔立ちがはっきりとわかる。細面で鋭い目つき。長身瘦躯で、右腕はフルメイルというより、まるで機械のような印象だった。
そうやって落ち着いてくると、タンコブを抑えてる少女も、じっくりと見たくなる。赤色の短髪はきれいに整えられてる。血のように赤い瞳は、ヴァンという男とよく似ていた。ただ目元は、ぱっちりとした団栗眼で実に愛らしい。
仲がよさそうだったから兄妹かもしれないと思ったが、それにしては年齢差が激しそうだ。ヴァンは二十歳ほど、クレアと呼ばれた少女は、十代前半ほどに幼い。
「何ジロジロ見てやがる」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて謝るフランツェスカ。仮にも黒の奴隷なのだ。ほんの少しでも逆らえば死んでしまう。
「……とりあえず基本的な事を確認する。奴隷の首枷についてどこまで知ってる?」
「は、はい……奴隷の人権がどこまで守られるかを決めるものです。首枷の色により主人が命令できる限度が定められています」
例えば、黄色の首枷は人類としての尊厳を傷つける事は出来ず、また無理もさせられない。病気の時は休めるし、奴隷としてはかなりの好待遇だ。領主などの上級貴族の相手をすることが多いので、ある意味では一般市民より好待遇だ。まぁ主人を決める権利も奴隷を辞める権利も当然ないわけで、完全に自由と言うわけではないが……。
青色の首枷は、そこから休みと言う概念を消した存在。主人が命令すれば、いつでも何時間でも働かなければならない。ただし体罰は不可能。中級から下級の貴族に雇われることが多く、なんだかんだ休息をもらえることも多く。健康面でも配慮しなくてはならない。しかも上級貴族よりは仕事が楽で、ある意味一番の好待遇と言っていい。
そして赤色の首枷。新人に多いとの事だが、その理由は体罰が可能となるからだ。鞭打ち、拷問、教育と称すれば、いくらでも傷つけられる。こうすれば自分が奴隷である事を教え込むことができるということだ。ただし、体を大きく損傷させることはできず、さらには精神面にも配慮しなくてはならない。性行為の強要もできない。
白色の首枷は、生命にかかわる行為以外は何をしてもいい。ゆえにこの首枷まで落ちれば、性奴隷にすら出来るようになる。女性にとっては最悪の首枷だ。
そして黒色の首枷。すべての人権を失い、基本的に何をしてもいい。拷問も何もかも自由。死に直結するものでも問題ない。なので、その多くは実験動物となり数日で死に至る。
このルールは基本的に奴隷側も主人側も遵守しなければならない。お互いにルールに逆らえば、それ相応のペナルティがある。
奴隷側が逆らった場合は、首枷が締まるようになってる。だが死ぬことはない。ただ……意識を保つギリギリの所で止まるので、逆らい続ける限り、永遠に生き地獄を味合わなければならない。
主人側のペナルティは奴隷省というジークヴェルト王国の全ての奴隷を管理する国家機関に首枷を通じて自動的に通報され、奴隷の追加制限や命令権限を失い、下手すれば自分が奴隷になりかねない。
ただ……手続きさえすれば、主人は奴隷のランクを変化させる事ができる。そういう意味では、どの色でも簡単な理由で降格でき、いつでも殺せるし壊せるという事だ。
名目上では奴隷のランクの審査には、奴隷省の正式な審査が入るということになっているが、フランツェスカの例の通り、その審査はハッキリ言ってザルだ。たいてい主人側が勝つようになっている。
つまり法改正をして、見た目だけは奴隷ではなく普通の労働者になったものの、実態は昔と変わらないということだ。
フランツェスカがそこまで答えると、再びヴァンが聞いてくる。
「なら主人を入れ替える方法については知ってるか?」
「え?」
そんな方法は聞いたことがなかった。困惑しているフランツェスカに対して訳知り顔で答える。
「言ってしまえば“なんだそんなことか”と思えるだろうが…………二人目の主人として契約し、首枷の色を上書きする方法だ。つまり白枷なら、俺が黒枷の奴隷契約を結べば、俺の指示が優先となる……その黒枷はそういう理由だ」
なるほど、とフランツェスカは関心を持って聞いていた。奴隷からしてみれば、聞いたことがない新鮮な情報だった。
「そして、貴様に命ずる。今後一切ジルート=サイオンの言葉を聞いてはならない。我が命令を絶対とせよ」
その命令が光となって首枷に吸い込まれる。これでヴァンの命令が絶対となり、ジルートの命令が無効となった。
「……だが、これでもジルートから完全に開放されたわけじゃない。俺が死ねばお前はジルートの奴隷に戻る。それだけは忘れるな」
「ありがとうございます……ですがなぜ、私を連れ去ったのですか? 奴隷省のような王族機関を動かすならスパイもいるし、それなりの額が必要でしょう?」
確かに魔術的には可能な話だが、そもそも奴隷の売買をしているのは神仔族の管理する王族直属の機関、奴隷省。本来は他人の奴隷の売買は禁止だから、仮に売買をするなら相当な金額を払わなければならないはずだ。当然、奴隷省側にも協力者が必要だ。
「勘違いするな。お前は、俺が兵士として買い取っただけだ。奴隷である事に変わりはない。お前が黒奴隷である以上、俺はいつでもお前を殺せるって事を肝に命じておけ」
そしてヴァンは、フランツェスカとクレアを残して牢を出て行った。
「明日から働いてもらう。寝床は藁だが我慢しろ。俺達も、藁の中で寝てるんだからな」
そう言い残して、ヴァンは自分の寝床へと歩いていった。
「働いてもらうって?」
「もちろん神仔族が言うテロリストとしてだよ。……僕達、反乱軍の残党こと革命軍レヴォルのためにね」
「革命軍……レヴォル?」
「歓迎するよ! フランツェスカ。……もっとも君に、拒否権も人権もないけどね」




