第四話「心の闇―②」
「くっ!」
ヴァンはおされていた。自分の体内の血液量もかなり少なくなり、呼吸も浅くなっていく。
「……どうした? ヴァン……ニセモノの僕にも勝てないのかい?」
「るっせぇ‼」
再びその手に血の剣を作り出す。飛び上がり、上段から切りかかるがレオンハルトはよけることもしない。
「……ちっ」
ヴァンはその剣の軌道を無理矢理まげて、レオンハルトの脳天をさける。そしてバックステップで距離をとる。
「……どうした? 十分当たる一撃だっただろ」
「…………」
確かに、あのままではレオンハルトの脳天は真っ二つに割れていたところだろう。わざわざ吸血鬼の力を借りなくても即死だ。
『……どうして当てなかったの? ヴァン』
さすがのクレアも不安そうな声を上げる。体内から響き渡る声にヴァンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら答える。
「……あいつ、防ぐ気も、避ける気もなかった……あのまま攻撃してたら俺がやられていた」
『トラップ?』
「違う……あれはおそらく……」
再び剣を構えるヴァンの視線の片隅で、光の渦が見える。その渦が晴れていくとイリーナとフランが現れた。
「ヴァン……」
「フランか……ふっ、まさか奴のほうが先に抜け出すとはな」
フランは、あたりを見渡す。
「ここは……私と同じように、ヴァンのトラウマがある場所?」
「いいえ。ヴァンとレオンハルトの故郷。あの二人は幼馴染だから」
「ヴァンと……閃光の騎士レオンハルトが幼馴染?」
驚愕するフランだったが、イリーナはむしろあきれるように答える。
「ヴァンは元々騎士よ。年が近い騎士だったレオンハルトが幼馴染でも不思議ではないわ……そして、ヴァンはここで一度、レオンハルトに敗北している」
「ヴァンが負けた……?」
「まぁ、私も話に聞く限りだけど。それはもうかわいそうなくらいの完敗だったそうよ」
フランが知る限り、ジルートは大麻でボロボロになっていたとはいえ、化け物染みた強さだった。そのジルートをフランに止めを刺させるために気を使いながら戦っていたヴァンは、一騎当千と言ってもいいほどの強さだ。しかも、ヴァンは吸血鬼の血がある。あの血の剣で少しでも傷をつければ、体内の血をすべてクレアの血に変換できる。
そんなヴァンが、完敗したほどの相手……そんな相手がいることが信じられなかった。
「不思議に思うならあなたも攻撃してみるといいわ。あなたの銃には、クレアの血を使った鋼血弾があるはず」
「どうしてそれを……」
「いいから試してみるといいわ。どうせここにいるのはニセモノ。仮にあのレオンハルトが死んでも問題ないわ」
言われるがままに鋼血弾を手にする。マガジンを取り出し、その弾を一つ拳銃に込めて狙いを定める。幸い二人は膠着状態だ。今なら後頭部を確実に狙える。
「……っ!」
破裂音と共に、赤き弾丸がレオンハルトの後頭部に強烈なほどのスピードで飛んでいく。だが、その弾はまるでぶ厚い鉄板に阻まれたかのように、彼の頭に当たった瞬間にはじけた。
……完全にノーダメージだった。直撃のはずなのに傷を与えるどころか、髪の毛一つすらちぎれてない。
「彼は、たとえ脳天を大剣で叩き切ってもノーダメージ。それほど強靭な魔法防壁を持っている」
「……だ、だったら関節を狙えば……」
関節と言えば、各種鎧の弱点。どうしても曲げやすいようにその部分は弱く作るしかない一点で、鎧武装の相手を倒す時の定石だ。
「無駄よ。魔法防壁の利点は鎧とは違い、間接という弱点がないこと。髪の毛すら保護するほどの柔軟性を持っている。切断系、射撃系武装は無敵と思っていいわ」
すると少し考えたのちに、フランはもう一つの手を思いつく。
「だったら、打撃系は?」
打撃系なら、たとえ皮膚を貫けなくても内臓にダメージを与えることができる。鎧越しでも脳震盪を起こすほどの衝撃を与えることができる。
「ま……それはそうなんだけどね」
二人が話している間も二人の戦いは続く。攻めてがなく、ただただ相手の攻撃をさけていくヴァンと容赦なく獲物を追い詰めるレオンハルト。戦いを見る限りでは、もはや弱いものいじめにも見える。だが、弱者の維持と言うべきか、ついにヴァンが攻めるべく強く足を踏みしめ、右手につかんだ赤い剣を左手に持ち替える。
「はぁっ!」
右手から血液があふれ出す。次第に形を変え細めで赤い刀身の片手直剣に変わる。先ほど左手に持ち替えた直剣と全く同じ形をしていた。
「二刀流!?」
フランも見たことがない戦略だった。だが、魔法防壁が強いなら、それを超える攻撃をしなくてはならない。フランには悪い手には見えなかった。
しかし……。
「無謀ね」
イリーナのあきれ声とほぼ同時にヴァンがレオンハルトに突っ込む。
「なっ」
ヴァンが情けなくも驚愕で息が詰まったような声を上げる。それもそのはずだ。レオンハルトはヴァンの二刀合わせた袈裟切り二閃を、まるで羽虫をはらうかのように、いとも簡単に叩き折ったのだ。
「……確かに、吸血鬼の血の力は強力。その剣は鋭く鋼鉄すら裂く。……だけど、所詮は血を硬化させただけの代物。強度もなければ重さもない。だからハンマーを作ったとしても質量がなく打撃武器にはなりえない」
「で、でも鋼鉄を裂くくらいの強度はあるんでしょ?」
「それはあの子たちはその鋭さと、天性の剣武の才でその弱点をカバーしてただけよ。強度自体は鉄の剣より劣る。だけど、それも魔法防壁相手となれば話は別。鉄と違い、魔法防壁はいわば流動体。分子レベルで高速で体全体を這いまわっている。普通の鎧を切るのとは全くの別物よ」
意外な弱点に、フランは言葉を失っていた。確かにヴァンの武器の正体は血液だ。だから、質量的に限度があることは間違いない。とはいえ、まさかここまで単純な弱点があるとは思いもよらなかった。
「ヴァン……」
再び、剣を二刀出現させて、レオンハルトの右側面を狙う。
「はぁっ‼」
二刀を重ねて首筋に向けて剣を振りぬく。だが、さっきと同じように腕で薙ぎ払われそうになる。そこでヴァンの剣はぴたりと止まり、左足を軸に反転して剣の軌道を反時計回りに切り替える。左の剣はレオンハルトの腕で折れたが、右の剣は腹に向かい半円を描く。
だが、腹を裂くと思われた右の剣は、まるで透明な壁に阻まれるようにあっけなく折れた。
「むっ」
その時には、すでに左手の剣は復活していた。右の剣で貫こうとした腹を寸分の狂いもなく切りかかる。
だが、その剣もあっけなく折れた。ヴァンが気付いた時には、レオンハルトの蹴りが腹をえぐり、自分の体がおもちゃのように軽々と吹っ飛ばされる。
「くっ」
なんとか飛ばされている間に再生した剣を地面に突き立てて、体制を立て直す。が、今度はレオンハルトが攻めてくる。剣で防御しようにも、その剣は防御だけで剣を折られているので、当然攻撃にはそれ以上の力が働いている。ヴァンは回避するしかないのだが。
「がっ!」
二~三撃をかわしたあと、レオンの直剣がヴァンの左肩を貫く。大きくバックステップをし、同時にクレアの血が左肩の傷をふさいでいくが、その隙すら許さない。
レオンハルトの猛攻が続く。左腕、右わき腹、右頬が回避しきれず裂ける。
「このっ‼」
猛攻の中ほんの少しできた隙をついて、右の拳打がレオンハルトの顔を穿つ。ガントレットの重量も載せた、顎骨を軽々と砕く破壊力が、見事にヒットする。たとえ骨が砕けなくても、脳を大きく揺らし、脳震盪は免れない。
「……こんなものか」
だが、レオンハルトは余裕の表情でにらんでいた。「これもダメかっ!」とヴァンは再び距離をとる。
「……?」
レオンハルトは追いかけてこない。口の端から流れ出る血をぬぐいながらも睨みつけている。
「効いてないわけじゃないみたいだね」
クレアの声が聞こえる。確かに、レオンハルトの足なら追いかけてきそうなものだ。
「効いてないわけじゃない……ね。普通の人間なら顎の骨折れてるところだぞ」
まともに頬に一発入ったというのに、ほとんどダメージがない。ヴァンにとっては最重量の一撃だったのだが、この程度のダメージなら打つ意味がない。
「くっ」
再びレオンハルトが攻撃を仕掛ける。返す手立ても見つからず、ただただ回避していくしかない。死神を自称し、圧倒的な強さを見せつけていたヴァンが、今ではまるで猫に追いかけられるネズミだ。
「どうした? ヴァン=リベリオン……その程度で革命を起こすつもりなのかい?」
「その程度? ……へっ。笑わせんなよ…………たとえ弱くてもな。俺はもう……もう二度とテメェらに殺されんのは我慢ならねぇんだよっ! 俺もっ‼ クレアもっ‼ フランもっ‼」
再び、血を媒介に剣を生み出す。
「おおおおっ‼」
その剣をさらに、オーラが纏う。次第に、ヴァンの顔色も悪くなっていき、その顔から血の気が引いていく。
「ヴァンっ!」
「っ……」
人間は三分の一程度出血した場合絶滅するという。このままでは、その限界に達する。
「……ヴァン‼ これが限界っ‼ これ以上は僕も生命を維持できない」
「っはぁ……はぁ……クソ……ギリギリだな」
剣は大剣のように太くなっていた。片刃ではあったが、かなり大振りの赤い剣が、ヴァンの右腕に握られていた。
「……剣を太くすれば俺を切れると思ったか?」
むしろ、それは自殺行為と言える。ヴァンは武器破壊ごとに自分の血液を使って剣を作っている。あと一撃でも傷を作れば死につながる危険な賭け。
「さぁな……試してみるか」
「その必要はないわ」




