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第四話「心の闇―①」

「…………」

 一通り泣きわめいて、絶望しきったフランはもはや何かを考える余裕などなかった。泣きすぎて頭が痛いが、その頭を抱える手は縛られて動けない。

「…………」

 それならば、いっそ何もかも壊してほしいと、そう願った。しかし、何時間……いや、何度も夜が明けても自分を犯しに来る人間はいない。周りからは絶望的な悲鳴と、快楽におぼれるあえぎ声は聞こえるが、自分には何も来ない。

「いつまで待たせるのよ……」

 壊すならさっさと壊してほしい。なぜ放置されるのだろうか。薄れた意識の中でぼんやりとそう思った。

 ……壊れる? 一瞬自分でもそう思ったことに疑問がよぎった。

 理由はわからない。だが、その言葉に大きな疑問があった。そもそも、とても大切なことを忘れているような気がして……それも、だんだんどうでもよくなって、フランはゆっくりと目を閉じた。




 ――――誰に助けを求めてんのよ。




 多分。夢で最初につぶやいたあの言葉が、再びフランの意識の中にこだまする。

 助けなど、求めてはいなかった。大体、助けなど来なかったからこうやって縛られているのだ。凌辱され壊れた自分がここにいるのだ。

 最初から助けなど必要ない。もう、自分は壊れたのだから――――。




 ――――誰に助けを求めているのよ。




 しかし、言葉は一向に止まない。自分の中で、何度もささやくその言葉がウザくて、鼓膜を引き裂きたいとそう思った。




 ――――誰に助けを求めているのよ。




「そうだ……そうだった…………」

 次第に壊れた一つの記憶にたどり着く。夢の中の些細な記憶。いや、それは些細なものなどではなかった。フランに深く刻まれた強い決意。




 ――――もう、誰の命令も聞かない。自分の意志で戦うと誓ったはずだ。




「私の意志で……」

 夢の中だったのかもしれない。すべては、この絶望の中で夢見た幻想なのかもしれない。

 だが……たとえそうだとしても、この決意だけは本物だ。夢の中だとしても、誓った言葉は……彼女の原点だ。

 壊れたはずの感情は、再び光を取り戻し、脳は思考を始めた。

「ふ……ふふ…………」

 ふと笑いがこみあげてきた。たったこれだけの希望で戻れるなら、私は今まで何をしていたのだと、自分でもおかしくなった。

「あはは……そりゃ、誰も来ないはずだわ…………」

 同時に、この世界で得た答えが間違っていたら……この世界がただの夢だと信じたいだけの奴隷の妄想だとしたら…………解放されたとしても、されなくても本当に滑稽だ。

「そうよね……イリーナ…………あなたでもこれ以上の絶望は作ることはできない」




「なぜなら……私には凌辱された記憶はなかったから。その前に、死神が助けに来てしまったから……それが、あいつと私の最初の絆だからっ‼」




 *** *** ***




「あら、遅かったわね……ずいぶんお寝坊さんね」

 気が付くと、屋敷の床に倒れていた。フランがゆっくり起き上がると、そこの性悪女に嫌気を感じて眉間をピクピクと震わせた。

「はぁ……はぁ……ひ、人のトラウマをいじくりまわして……楽しかったかしら?」

「楽しかったわ。とても……とてもいい決意を観させてもらったわ。及第点だけどね」

「ふん……よく言うわ。あんな悪趣味な夢見せるなんて…………でも、私が犯されてなかったことは、計算外だったかしら」

 余裕すら生まれて、笑みがこぼれるフランに、きょとんとした目を向けるイリーナ。どうやら、フランの推理は見当違いのようだ。

「……? あ、ああ。……なるほど。あなたは心理世界なんて魔術知らないから、当然そう思うわよね」

 その顔が苦笑いに変わる様子を、フランは頭にはてなを浮かべて見つめる。

「……あなたの見ていた……いや、ずっと意識を転送されていた場所は、あなたの記憶であり記憶ではない。あなたの脳内でできたもう一つの現実と言ったところかしら?」

「もう一つの現実?」

「ええ。私がその気になれば、その心理世界に男を一人召喚することも可能……つまり、どういう意味かわかるかしら?」

 その言葉を聞いて、サッと寒気がする。

「つ、つまり……わ、私があと少し気付くのが遅かったら…………」

「と言うより、もしあなたが気づく様子がなかったら、一人で壊れるのも寂しいだろうし、誰か送ってたでしょうね」

「こ……このドSっ‼ 鬼畜っ‼ 鬼っ‼」

 子供のように、ぶんぶんと腕をふり回しながらイリーナに殴りかかるが、軽やかによけられる。しかもニヤニヤ笑われながらだから一層タチが悪い。

「冗談よ。……同じ女として寝覚めが悪いから召喚しないであげただけ。誰かが凌辱されるのを見て愉悦に浸るほど、落ちぶれちゃいないわ」

「ぐっ……」

 拳がぴたりと止まる。確かに、この女が本当の鬼畜なら、とっくの昔にフランは犯されていた。特にフランの強い決意を見たいなら、なおさら絶望に突き落とした方がいいだろう。ということは、つまり最初っからその気はなかったのだ。

「……それより、ヴァンは?」

「彼は、まだ戦ってるわ……」

「え……」

 あたりを見渡してみると、ヴァンは一人床に俯けになりながら倒れていた。慌てて駆け寄るフランを「やめなさいっ!」とイリーナが止める。

「彼は今、自分の闇と向き合っている。……彼の心を癒す悲しい闇。だけど、闇は目の前の現実も覆い隠す。ゆえに彼は前に進むことはできない。本人も、それはわかっているはずよ」

「ヴァンの……闇」

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