第三話「魔女イリーナ―②」
「ふふっ……言っておくけど、レオンハルトは私の数倍は強いわよ? それどころか、アスカ一人でも、あなた達の革命軍レヴォルとやらは一夜で壊滅できるわ」
「……何が言いたい。そんな虚言など――――」
「強がりは震えながら言うものではないわ」
嘲笑されるが、もはや怒りすら感じる余裕はなかった。なぜかはわからないが、今、彼女を攻撃しようものなら、その言葉通り、革命軍レヴォルは壊滅する。
それが、いやというほどわかった。
「……ちっ」
まるでアイスのが溶けるように血の剣は液体に戻り、ヴァンの右腕へと吸収される。
「あら。さすがに剣を引くのね。もう少し強がりに付き合ってあげても、よかったのだけれども。そんなに怖かったかしら?」
「……どっちにしても、テメェの協力がなければ革命軍は瓦解しかねない。ならこのくらいの辛酸くらいなめるさ」
「あらそう……でも、私にメリットがない以上、大麻の対策なんて教えるわけがないわ」
「……本当にメリットがねぇのか?」
ヴァンにも大した根拠があるわけではなかった。だが、少なくとも革命軍レヴォルという存在は、イリーナにとっては必要な組織だと考えていた。
なぜなら、ガイウスが今所属しているのは、革命軍レヴォルの武器製造と戦闘教官だ。イリーナがガイウスを殺さなかったのは、彼女にとってもレヴォルが必要ということだろう。
「……はぁ、まぁ今回はいいわ。条件付きで協力してあげるわ」
「条件付き?」
「確かに、私はあなた達の存在を必要としているわ。だけど、こんな弱い組織ではない。もっと強い革命の炎を求めている。だから……テストしてあげる」
「テストだと?」
ゆっくりと右手の平をヴァン達に向ける。
「テストの内容は教えない。クリア条件も教えない。ただ、あなた達の導き出した答えが正しいなら道は開ける。道が閉ざされたなら、その世界が真実となる」
「その世界が真実となる? どういう意味だ」
「いいえ――――それ以前に、この世界は本当に本物なのかしら?」
――――今までの物語は、あなた達の夢の中……そうだとしたら、どこが現実なのかしらね?
*** *** ***
「……こ……ここは…………」
フランは、重たい眼を開く。何が起きたのかわからず、あたりを見渡す。
「え……鎖?」
両手は鎖でつながれ、服は無残に割かれていた。どこかの牢屋の中ということは間違いないが、やたら鼻を突く嫌なにおいがする。
「っ……うそ……」
首を動かしたおかげで、その存在に気付いた。忌まわしい首に付いたその枷の存在に…………。
「…………ここは、過去の世界? 私は、奴隷のままって事?」
――――そう思いたいだけでしょ?
頭の中から謎の声が聞こえた。―――いや、その声の存在を彼女は知っていた。
「……私の声?」
すると、思わず笑みが浮かんできた。なんだ、この程度かと笑いがこみあげてくる。
「あははっ! なに? この程度のテストなの? 私を馬鹿にしてるの? 私は、もうこの程度で絶望なんかしない……こんな偽りの世界に騙されるわけがないわ」
――――自分の夢が……居心地よかったから。また、その世界に戻りたい。
「っ……何? さっきから頭の中で声が…………ねぇ! もうこの世界がニセモノだってわかってんだから、さっさと戻しなさいよ」
――――私の妄想の世界に……戻りたい。
「妄想の世界……な、なにいってんのよ。わ、私は……私は…………」
――――犯された。
「へ……?」
――――凌辱された。
「な……なんで…………」
――――だから、現実から離れたかった。
「うそ……うそうそうそうそっ‼」
――――壊れたほうが……楽しかったから――――。
「いやっ……ここに戻さないで……ここだけは嫌なの…………」
――――でも、妄想に戻るのは。もうおしまい。
――――だって、今度は本当にコワレルンダモノ。
現実ではないと、そう思いたかった。
これは夢だと、そう信じたかった。
だが、この異臭が自分の肌からのものだと知ると…………。
それは、現実になった――――。
「いやああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」
*** *** ***
「ここは……どこだ?」
この場所自体は、ヴァンも知っていた。だが、思わずそう呟いてしまう。
「……ヴァン。どう見たって、ここ……君の家だよ」
草原の中にたたずむ青い屋根の一軒家。一見権力者の屋敷とは程遠い見た目だが、これでも、ヴァルトブルグ領主の家だ。父親が景色を気に入って購入したもので、本来は別荘のようなものだが、ヴァンにとってはずっと暮らしていた場所なので家となる。
「……ああ。だが、俺の家はもう存在しねぇ。……って事は、あのヤロー俺の記憶から世界を復元しやがったな」
先程、イリーナが何かの魔術を発動したのは間違いない。転移魔法の類かと思ったがそうではなかった。
「ヴァン。これ、心理世界で間違いないね」
「つーことだな。しかも俺の世界だ」
心理世界とは、脳が何かを空想するように、仮として作られる妄想の世界を具現化したものだ。今いる世界とは少しだけ次元が違う空間に存在しており、簡単に行き来することはできない。イリーナはどういうわけかヴァン自身の心理世界に干渉して、その中に精神のみが閉じ込めたというわけだ。
ヴァンの本物の体は今、眠っている状態だ。イリーナが言っていた「道が閉ざされたなら、その世界が真実となる」という言葉の意味は、ここで何かしらの答えが出ない限り、心理世界に閉じ込められる……つまりは眠り続けるということだ。
「……厄介だな」
心理世界は夢とはまた別のものだ。夢は妄想したことが現実となるが、心理世界は自分の記憶と常にリンクしており、現実にできないことは、この世界でも行うことができない。
そして、夢と違いこの世界で死ねば現実世界の脳も死ぬ。クレアの意識もこの世界にいるということは、クレアもまた例外ではないということだ。
「さすがに、あなたはすぐに気付いたわね。あの子とは大違いだわ」
家の中から、金髪の少女が現れる。イリーナだった。
「あの子? フランの事か」
「ふふふ……かわいそうに。みじめったらしく泣きわめいているわ。心理世界の事なんて知らないだろうから、このままだと心が壊れてしまうかもしれないわね」
「ふ……試してみればいいさ。あいつは、そんなタマじゃねーよ」
その反応に少し驚きをみせるイリーナだったが、再び自分のペースに戻り腕を組んで余裕そうに微笑む。
「で? テメーが俺の世界にやってきたってことは、テメーを倒せば元の世界に戻れるっつーことか?」
「ふふ。確かに、私を殺せば術は解除されてあなた達は目を覚ますわね。……そんなことが可能なら、試してみれば?」
正直に言えば、試してみたい気持ちもあった。イリーナに、自分より圧倒的な力があったと思い知っても、戦士としての闘争本能は負けを認められなかった。
「……ふん」
しかし挑戦して得るものはないに等しい。ただでさえ、本来の目的はイリーナに協力を求めることだ。わざわざ反発する理由などない。
それより解せないのは、イリーナのほうだ。なぜわざわざ相手の心理世界に飛ばしたのか? 何かを試すつもりならイリーナ自身の世界に飛ばした方が圧倒的に簡単で、消費魔力も少ない。
相手の心理世界を強制発動させ、その世界に閉じ込めるということは、相手の脳に無理矢理仮想空間を作り、その仮想空間に相手の意識を閉じ込める必要性がある。しかも、仮想空間は相手の記憶から作り出す必要があるから、わざわざ記憶も読み取る必要がある。しかも、フラン、ヴァンの二人分。意識を閉じ込める点については、クレアも入れて三人分だ。
たいして、自分の世界に呼び寄せるだけなら、その魔力は三分の一以下となり、わざわざ難しい複合魔術を使う必要もない。
「……ったく。回りくどい真似しやがって。悪趣味だぜ」
「あら……もうわかっちゃったかしら。私のテスト内容」
後ろから、殺気を感じる。だが、その相手が不意打ちなどを仕掛けてくる相手ではないことを、ヴァンはよく知っていた。だから、ゆっくりと右腕に剣を構えた。
「ヴァ……ヴァン……この殺気――――」
「ああ……俺の記憶の中で、最強の男……つったらテメェしかいねぇよな…………レオン兄さんよぉ」
ヴァンは珍しく冷や汗をかいていた。
なぜなら、振り返った先にいたのは、この地上で最強と謳われ、ヴァンが“手加減されつつも負けた男”が殺気をまとってたたずんでいたからだ。




