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第二話「捨てられた都市―②」

「ふぅ……」

 額に付いた泥をタオルで拭い、広い麦畑を見渡す。するとフランは満足げな笑みを浮かべる。

「……そろそろ収穫かな?」

 畑には二、三人の子供が、フランと同じように畑で作業している。上から、十四歳の少年ルカ、十二歳の少女マリー、十歳の少年ヨナス。三人とも戦争孤児で、アンナが親代わりをかって出ていたが、今はフランが育てている。

「ルカ。ちょっときて」

 フランが呼ぶと渋々といった様子で近くまで歩いてくる。

「んだよ……フランのばっちゃん」

「まったく……アンタと私二つしか違わないじゃない。ばっちゃんはやめなさい」

 それでも反抗的にそっぽを向くルカに、やれやれとため息をつく。

「私、もう一つのお仕事が忙しくなりそうなの。しばらくルカに、この畑を任せようと思うんだけど……出来そう?」

 そういうと、ルカはキッと睨みつける。

「……そうやって、またオレたちを、殺すつもりか?」

 ルカの境遇を知ってるフランは、その言葉を否定せず受け止める。

「オレの両親も、アンナおばさんも、あんたらが戦争なんかしたせいで死んだ……なのに懲りずにまた戦争か!? 死にたきゃ勝手にやれよ! オレたちを巻き込むなよ‼」

 言い返す言葉はいくらでもあった。そもそも反乱軍が戦った五年前、フランは一般市民で、しかも戦争中に奴隷となってしまった。巻き込まれた側で戦火を広げたことなどない。

 さらにアンナは革命軍に手を貸した事は隠し通した。もし隠せてなければ、この畑は完全に干上がり、破壊されていたであろう。ルカの怒りは完全に見当違いだ。

 ……だが、ルカはそんなアンナの壮絶な断末魔をあの小屋の地下で、震えながら聞いていた。ヴァンが助けたため怪我こそなかったものの、その光景はトラウマになるには十分だった。両親も目の前で殺された。戦争に対する恐怖も恨みも人一倍大きい。それこそ物心ついた時には両親が死んでいた他の子供達より深く、深く恨んでいた。

「戦争が起きなくても、お前らの両親は死んでいたさ」

 フランの後ろから、ヴァンの声がした。赤い前髪を揺らし、銀髪の髪を乱暴にかきむしりながら、相変わらず、めんどくさそうに答える。

「坊主。そもそも、なぜ革命軍なんてものが成立すると思う? なぜ命を懸けてまで殺し合いをしようとする人間が現れると思う」

「なぜって……お前らの勝手な正義感だろ!?」

 ヴァンは反論するかと思いきや「それもある」と言葉の一部を認める。

「だがな、相手に間違った事と俺達に正しいことがなければ、そもそも革命軍ってのは成立しねぇのさ。正義のないレジスタンスは、その名をかたる前に瓦解する」

 相手が間違ってなければ、反旗をいくら翻そうが人は集まらない。それではただの犯罪集団であり、テロリストと言われても仕方がない。そんなものに集まった集団は少数となり、どんな理想論を語ろうとも瓦解していく運命にある。

「それは、国の正規軍も同じだ。奴らにも奴らなりの正義と大義がある。いくら神の仔ってのが嘘だとしても、民衆を掌握するには神を名乗るのが一番確実な手段だからな。だから弾圧し、国は自分の正しさを押し付ける。だがそんな弾圧が続けば、俺が動かなかろうが、いずれ反発は起きる。そうしなければ弱者は、じわじわと嬲り殺されるだけだからな」

「だけど戦争をするほうが、たくさん人が死ぬ……そうじゃないのか?」

「ああ……確かに戦争をした方がお互いに多くの犠牲を産む。だからじゃあ戦争をしない方がいいか? ……数万人……未来も含めれば数十万の奴隷を犠牲にすれば、俺達は長生きできるだろうさ。お前がこれから作るガキ共も奴隷になるかもしれないが、それも我慢すれば……」

「そんなの屁理屈じゃないか‼」

「だが、可能性が残るのは事実だ。お前が戦争を望まないなら、それもいいだろうさ。だが、人間の言葉には責任が常に発生する。年齢は関係なく……な。それはテメェも例外じゃねぇ。テメェが戦争を望まない代わりに、誰かが奴隷となったとしたらお前はどうする?」

 ルカは唇をかみながらも、必死に反論の言葉を探す。だが、そんな言葉は存在しない。戦争をすることが正しいかどうかはさておき奴隷制度を残すというのは、そういう意味だからだ。

 ……だが、その言葉は自分に対して言った言葉でもあった。どんなお題目をつけようが、ヴァンは人を殺している。その事実は変わらない。

「……俺は奴隷制度の残る未来なんてごめんだ。だから戦う。テメェが間違えていると思うなら、いつでもオレの寝首を狩りにきな。いつでも相手になってやるよ」

「ぐっ……」

 ルカが言葉を失ったのを見送るように、ヴァンはその場を立ち去った。それを、フランは駆け足で追いかける。

「……あんなこと言っていいの?」

「……この期に及んで思考停止しているバカに、俺の首はとれねーよ」

「……ガイウスさんが言ってたわ。戦闘において、バカほど怖いものはないってね」

「そうかよ……」

 めんどくさそうに言葉を聞き流すヴァンをあきれ顔で見送り、仕事に戻るフラン……だが、その視界の端に赤髪の少女がうつった。

「……ちょっ‼ クレアさん!?」

「うぅ……死ぬ…………働きすぎて死ぬぅ…………」




 *** *** ***




「ベルンブルグが……そんなことになってたなんて」

 クレアから聞いたベルンブルグの状況は、まさに最悪と言っていい状況だった。

 大麻の汚染は町の八割に上り、ほとんどが中毒症状を起こしている状況だ。特に、大麻の経路を断ったことが原因となり、禁断症状でみな苦しんでいる。暴動も起きており、とてもレヴォルだけで抑えきれない状況だ。

「……ってか、むしろベルンブルグは取らされた……ということなんだろうねー。これでただでさえ少ない革命軍の人員を、ベルンブルグ復興に費やさなければならなくなった」

「そんな……」

 あれだけ苦労してジルートを倒したのに、あれが取らされただけだったとは、さすがに予想できなかった。

「本当にしてやられたよ……あの大麻に、そこまでの戦略があったなんて……」

「こうなった以上、ベルンブルグを見捨てることも、考えなければならないだろうな……」

「で、でもそれをしてしまうと……」

「わかってる……。奴隷解放を宣言している以上、人民を見捨てると軍を維持できない。ついさっきルカに話した革命軍の根底を否定してしまうことになるからな」

 革命軍は、あくまで奴隷解放と言う正義の元に動いている。暴動が起きているのも大麻がそうさせているだけで、確かにヴァンのせいではない。だがこのままではベルンブルグを見捨てようとも、守ろうとも、革命軍は瓦解するだろう。

「……こんな事のために人間を大麻漬けにするなんて……許せない」

 フランは怒りで拳を震わせるが、その手をクレアが握る。

「気持ちはわかるけど、今は怒る時じゃないよ」

 怒りは戦闘の原動力となるが、作戦を考えてる時は思考を乱すノイズにしかならない。ヴァンも黙々と話しているものの、怒りを我慢しているということだ。

 フランにも、それくらいはわかっていた。だが、人民をまるで道具のように扱うジークヴェルトのやり方に、怒りを抑えることなどできなかった。

「……だが、作戦がまったくないわけではない」

「え?」

「賭けにはなるが……奴にコンタクトをとる」

 ヴァンはオーバーなくらいに頭を抱え、赤い前髪をくしゃくしゃにした。

「奴って……?」

「四勇者……黒魔導のイリーナ=イワノフ。……奴なら大麻への対策を知っている可能性がある」

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