第一話「滅びかけの都市―①」
道草が生い茂る平原で、ネズミが走り回る。愛らしい赤く丸い目玉で自由に、何者にも縛られず――――。
だがその自由は、ほんの一瞬の油断で失われる。圧倒的な力の差で押しつぶされたネズミは、猫の足の下で糧となるべく痙攣する。
――――弱肉強食は絶対不変であるがゆえに存在する。
これは、ヒルデブランドで広く言い伝えられる言葉である。弱肉強食とは頑張ればなんとかなるとか、努力次第で変えられるものではない。
ネズミは猫にとっては常に糧であり、その立場は逆転などしない。努力次第で壊れる弱肉強食などニセモノであり、せめて弱者にできることなど死肉をかじる事くらいだ。ゆえに、人間の弱肉強食ほど傲慢で、脆弱なものは存在しない。なぜなら、長い人間の歴史は、常に革命と征服とおぞましいほどの血肉で成り立っている。常に立場を入れ替え、支配がいつまでも続くとは限らない。これが人間の言う弱肉強食というのだからお笑い草だ。
この程度は似非だ。ネズミは猫の死骸は食えど、立ち向かって勝つことはありえない。
だから、人は形だけでも弱肉強食をマネたがる。自らを獅子と名乗り、竜と名乗り、神と名乗る。本物の竜や神と対峙した時、己の立場を知る事も忘れて――――。
――――だから、ニセモノの力など必要ない。私に必要なのは、ニセモノを打ち抜く弾丸だけだ。
そんな強い思いが、重い炸裂音となって響き渡る。餌を加えて意気揚々としていた猫も、あまりに大きな音に驚き、おびえ、恐れて逃げ惑う。その猫の前を、それ以上のスピードで獣人が駆ける。己より強い存在を超えるために――――。
獣人の目の前には三匹の敵がいた。全身が黒い毛に覆われた赤い瞳の狼。魔獣と呼ばれたそれらは、一斉に獣人の少女、フランツェスカに襲い掛かる。
一匹目の顎が、獣人の足に届いた……が、脚はかみ砕く前にスルリと抜ける。魔獣の背中の上で側転するようにくるりと回ると同時に銃声が鳴る。襲い掛かっていた脳天は、噴水のように鮮血をまき散らす。そのまま大地を踏みつけ、さらに走り抜ける。残る二匹は先行した魔獣の死に怖気づくことなく、その牙をギラつかせる。
だが、二匹の爪が届くことなく、彼女の右脚がまとめて二匹の頭を蹴り飛ばす。きりもみして吹っ飛ばされる獣達を、二丁の拳銃から打ち出された銀色の鉛は、狂いなく二匹の獣の頭を打ち貫く。
「……はぁ……はぁ」
息を整えながら、二つの拳銃を腰のホルスターに収める。
「……まぁ及第点ってとこだな」
その様子を、離れた場所で見ていたスキンヘッドの男が、ボトルを獣人の少女に投げつける。それを受け取ると、急くようにフタを開けて中身でのどを潤す。口からあふれて流れてしまった水を、荒っぽく腕で拭う。
「まだ、フランは狙いをつけるよりも、天性の動きの速さと筋力に頼りすぎている。獣人の力は確かにすごいが、動きながらでも的を狙う練習をしなければ、強くはなれないぞ?」
獣人は、元となった獣の力を肉体的に継承していることが多い。少女は熊の耳と尻尾を有した熊獣人。この場合は、熊の圧倒的な筋力が継承される。
「せっかく、その筋力と素晴らしい視力があるんだ。変に力を入れなければ、狙いがぶれることもなく命中させられるはずだ」
本来熊は視力がそこまでよくはないのが、継承される力は獣の強い部分だけである。なので、彼女のこれまでの暮らし方や天性の才能で、視力がよくなることもある。
実際、彼女は静止している状態では、10ヤード先のリンゴを百発百中であてることができる。片手で持ったハンドガンで確実に。この前まで拳銃すら知らない素人だったと考えれば、十分すぎる腕前だ。
動体視力についても悪くはない。元々反射神経は熊から継承されているため、十分すぎるほど持っている。
「でも……動きながら狙いをつけるって本当に難しくて」
「難しいが、お前の場合狙撃より突撃しながら殲滅する方が適正がある」
狙撃は、目よりも風の流れを読み、微妙な方向調整をする能力が必要。だが、彼女はそこまで器用なタイプではない。
「お前のいいところは動体視力。スピード。狙いをつける速度も速い。自信を持ってしっかり狙っていけ」
「そんなぁ……てへへ」
そこまで褒められると悪い気はしない。
「あのなぁ……気ぃ緩めすぎだぜ」
「いやぁ、なんか安心しちゃって……へ?」
――――何の脈絡もなかった。
――――なぜかはわからなかったが、ガイウスはフランの腹にナイフを深く埋め込んでいた。




