第二章プロローグ「死を求める死神」
*** 五年前 ヒルデブランド 反乱軍拠点 ***
乱雑に置かれた大樽の上に樽のジョッキ。アルコールの匂いが充満し、男達のむさくるしい大声が鳴り響く。だが、そんな劣悪な環境も、ヴァンにとっては居心地がよかった。
酒はそんなに飲めなかったが、その日はヴァンにとっても特別な日だった。だから、景気良くエールをグイっと飲んだ。
そんなヴァンの肩を同僚のクラウス=ノイマンが抱く。
「おら‼ 今日はテメェの快気祝いだ‼ 飲め飲め‼」
「ああ」
ヴァンにとっても酒は久々だった。その一杯をグイっと飲み干すと、ようやく再会したクレアが楽しそうに女性同士で話に花を咲かせているところを見て思わず笑みがこぼれた。
「なんだ? ヴァン。今日はずいぶん機嫌がいいじゃねぇか‼」
大柄で荒っぽい男、クリストフ=アルムガルドはヴァンの肩を抱いた。
「そりゃそうだ……完全な形ではないとしても、クレアが蘇ったんだ」
そう……今日は初めてクレアの召喚に成功した日。おかげでヴァン自身も鬱状態から回復していた。たとえクレアが人形だったととしても、彼女と話し、彼女と共に戦える事に、ヴァンも笑みをこぼした。
「へっ‼ 右腕が恋人たぁ、うらやましいこったなぁ‼」
「右腕が恋人か……ふっ、悪くないな」
その意味をわかってないヴァンは、素直に答える。その様子に傍から聞いていたガイウスは、思わず口に含んだエールを吹き出した。
「はははっ‼ そりゃ悪くねぇさ。テメェの右腕はある意味女の手だ。 オナニーが実質手コキじゃねーの‼ ……いや、やりようによってはもっとすごい事できるんじゃねぇか?」
「オナ……テコキ? ってのはよくわからないが、クレアの力はすごい。いろんな技が使えるぜ」
「そりゃすげぇや‼ はっはっはっ‼」
下ネタをカン違いして真面目に答えるヴァンは、次第にクリストフとの話の食い違いに疑問を持ってくる。ガイウスはこのままじゃこの少年の教育にもよろしくないと思い、こっそりとヴァンの耳元で解説する。
「なんだガイウス…………なっ‼ し、師匠ッ‼ アンタなんつーこと言ってんだっ‼」
「がっはっはっはっ‼ だが事実だろう? この変態」
クリストフが煽るとヴァンも拳をこしらえて振り上げる。
「どっちが変態だっ‼ 誰が戦闘以外の事も教えろって言ったよっ‼」
「エロいことも人生の一つだ。ためしに今夜試してみろよ? きっと気持ちいいぜぇ」
「試すかっ‼」
「ひゃははっ‼ なんだよヴァン‼ からかわれて真っ赤になってんじゃねーよ。いいじゃねーか‼ 右腕が恋人でもさ」
ヴァンが、ふてくされて再び自分の席に座る。エールを飲み干すと、酒場の女、サラ=クインネルが師匠の頭をぶん殴りつつヴァンの樽ジョッキを回収しに来る。
「このバカの言うことは気にしないで。ヴァンはヴァンのペースで覚えていけばいいんだから」
「ちっ……」
ジョッキを回収するついでに周りの空いたお皿も回収しつつ、ヴァンにささやく。
「この間はごめんね……」
この間と言えば、ヴァンに思い当たることは一つだった。
「……こっちこそ悪いな」
――――わかってる……ヴァンはクレアが好きだって……だけど、だけど私もどうしようもなくヴァンが…………アンタが好きだったのに――――。
……サラは、ヴァンに告白したのだ。
いつまでも死んだ吸血姫の事を忘れられず、いつかまたいっしょに暮らしたい。そんな切なすぎる願いを思い続けた少年を、見ていられなくなった。……いや、そんな彼を守りたい。その一心で年下の少年に告白したのだ。
だが、ヴァンはその告白を一蹴した。彼からしてみれば当然だ。クレアは間違いなく自分の体の中で生きている。だから……彼女の言葉を受け入れるわけがなかった。
それは、彼女にもわかっていた。……それでも、恋心は止められなかった。
複雑な思いを受け入れつつも、彼女は彼女なりに二人を応援することに決めた。
「まぁ、初陣も近いんだし、今度二人で飲みに来て。一杯おごってあげるからさ」
「フッ……ああ、わかったよ」
――――しかし、彼が彼女に酒をおごられることは二度となかった。
「ひっ」
少年は見た。
それは裸の死体だった。それも、殺されたのではない。首を括って燃え盛る酒場で死んでいた。
凌辱されつくして、白濁液を体中に浴びて……自分を愛してくれた女は……絶望しつくして死んだ。
動機が激しくなる。焦げ臭い酒場の中、絶望だけが世界を支配しているような……そんな感覚。
なぜ、彼女は死ななければならなかったんだ? 彼女はただの酒場で働いていた娘だ。
しかも、こんな惨い死に方を……。
燃え盛る炎が彼女を空中に捕らえていたロープを焼き裂いた。ボトリと躯が落ちて、その様子を呆然と見ていた。
壊れそうな心のまま、せめて彼女が寒くないようにとコートを脱いで、彼女に着せた。硬直した体に着せるのは……少し苦労した。
少年は、絶望したまま戦場を歩いた。焦げたその世界には、あの日、酒蔵で飲み明かした幾多もの仲間が首を落とし、体を壊され、臓物をまき散らしていた。
何かが、つま先にぶつかり、その正体を確かめるために、ヴァンは足元を虚ろな目で見た。……そこには、クラウスの首が転がっていた。
虚な目でただ歩く。冷たい体を抱きしめて……。
『ヴァン……っ‼』
クレアは、そんな少年の悲しみを、後ろからそっと抱きしめた。
『ヴァン……ごめんね……ごめんねっ‼』
「クレア…………なぜ、俺は生きてるんだ」
「ヴァン…………」
「師匠も……あいつも……みんな死んでるのに…………俺は、なぜまだ生きているんだ?」
抱きしめるクレアの腕が強くなる。答えなど……彼女には与えることはできなかった。
「なんで生きてる……か。なぜだろうな?」
声がした。その方を向くとガイウスが燃え尽きた家の壁にもたれかかっていた。彼は……右目と足……腕さえも残ってなかった。
「きっとオレ達には……まだやることがあるんじゃねぇのかな? なぁ、ヴァン」
「やることがある……じゃあ、やることってのが……終わったら…………」
「――――俺は…………死んでもいいのかな?」
それが……そんな絶望が……革命軍レヴォルのか弱い狼煙だった。




