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第十一話「血意の一撃―①」

 そして、その日の深夜――――。ジルートは多くの兵が空中を睨みつける中、一つの影が城の明かりに照らされてちらりと光った。

「暗闇に鮮血の翼―――」

 ジルートがその姿を確認すると、白い歯をギラつかせた。遠くの空に見える赤い翼は豆粒のように小さかったが、双眼鏡で見るとその姿がはっきりとした。

 さらに、片腕に担がれるように抱えられている獣人の少女。間違いなくフランツェスカだった。

 そして、おおよそジルート達の予想通りの代物が、空から降ってきた。

「わかってる……閃光弾……そしてもう一つ……」

 ジルートの予想通りだった。閃光弾を投げることは委細承知。爆発の瞬間に気を付けて、さらにナイトスコープで目を保護すれば、目くらましなど通用しない。

 だが相手も馬鹿ではない。閃光弾だけでは足りないと考え、次の手を用意するだろう。もう一つ投げるとしたら催涙弾。この二重の作戦で来るに違いない。実際に爆弾は二つ投げられた。催涙弾では範囲が狭まるが、一番厄介なスナイパーライフルを無力化するには十分だ。

 カツンと音がして空中で爆弾はまるで透明なガラスに阻まれたようにはねかえされた。バリアの密度を極限まで高め、空気すら入り込む余地のない鉄壁の守り。これでは催涙弾は機能しない。さらに閃光弾も空中で光るだけ。このままでは何も通用しない……。

 だが、空中のヴァンは彼らのもくろみすら予想通りとあざけ笑う。


「いるんだよなぁ……閃光弾を光だけと勘違いする無知な一般人が……」


 ヴァンの台詞が、守備隊が最後に聞いた音だった。

 強烈な光と共に発せられたのは催涙弾の煙ではなく、強烈な高音だった。耳を引き裂かれたかのような轟音でめまいを起こした。その一瞬のスキをついてバリアを破壊し聖堂の屋上へと降り立った。

 それと同時にヴァンの襲撃が始まる。ヴァンのロングソードが、ひるんでいる敵ののどを確実に引き裂き、フランの拳銃が脳を打ち抜き、クレアの血の刃が体を引き裂く。

「――――――」

 誰かが何かを指示した。だがその音は守備隊の誰の耳にも届かない。それどころか三半規管を麻痺させられ、平衡感覚を失い、まともに動くこともできないようだ。ライフルを持った守備隊もあっという間に倒されていく、最後の一人が混乱しつつもフランに剣を突き立てる。だが、その剣をかわしつつ、勢いを生かして腕を引っ張り、喉を引き裂いた。

閃光弾(スタングレネード)……閃光弾って言葉に惑わされそうになるけど、その音は三半規管を刺激し、平衡感覚を奪う。そんな状態で狙撃なんて不可能……。まぁ、私もついさっき知ったばかりだけどね」

 特に、今回使ったスタングレネードは特別性で、音波攻撃がメインのものだ。仮に耳をふさいでいたとしても、足りないほどの破壊力となっている。城全体に響き渡らせることは難しいとしても、油断しているジルートと不慣れなスナイパー軍団を混乱させるには十分だ。

「まったく。武器屋さんの言ったとおりね。三半規管なんて知識、私達にとっては、お医者様しか知らない事……異世界の軍人じゃなきゃ、その恐怖はわからない……てね」

 実際大音量が出ると知っていても、三半規管を麻痺させるなどの知識は広まってなかった。その知識のおかげで、ヴァン達は守備隊を突破できた。

「――――――」

 誰かがフランの肩を叩いた。ヴァンだ。指で耳をさしている。

「あ――――」

 ようやく、自分の耳に付いた耳栓の存在を思い出した。フランはそれを外し、その場に投げ捨てる。

「上出来だ。だが、相手も陣形を建て直しつつある」

「やっぱり、音が出る事自体は知ってたみたいね……みんな手で軽く耳を抑えてはいたみたい」

「ああ……だが紙で伝える情報には限界があるからな」

 仮に伝わっていたとしても、普通のスタングレネード程度の音の情報しかなかっただろう。そのため、今回の手榴弾型の音響兵器はかなり効いたようだ。

「それでもジルートは打てなかったけど」

「ああ……まぁ奴の三半規管もダメージを食らっただろうから、以前のように駆け回ることはできない。奴のスピードはこれで殺した」

 さきほどのスタングレネードの襲撃の際にフランの拳銃は、直接ジルートを狙っていたのだが、彼はダメージを受けながらも、弾丸をかわした。さすがに音での攻撃はよんでなかったようだが、それでも倒せないのはジルート自身の底力だろう。

「やっぱり強いね。僕も何度か狙ってみたんだけど、全部かわされた。平衡感覚失いながら……大したもんだよ」

「それにしても、この爆弾……凄い効果だね。何人かは戦闘以前に気絶してるし」

 この三人は耳栓をつけていたため聴こえなかったが、周囲を見渡す限り物凄い大音量だったことが伺い知れる。

「こんな大きな音を出して、町の人は大丈夫かな?」

「届いたとしても三半規管を麻痺させるほどじゃないさ。仮にダメージを受けたとしても、奴隷のままよりは百倍マシだろうさ。……行くぞ」

 ヴァンが二人を急かすと、一人聖堂の中に入った。

「ジルートは、どこに行ったかわかる?」

「聖堂の祈りの間だね。ここからすぐだよ」

 三人が建物の中に入ってすぐ、右手側の扉を開くと、大きく開けた白の空間に、ステンドグラス越しの月明かりが煌めいていた。

「……ジルートはどこ?」




「ここですよ」




 扉に入ってすぐ右で、ジルートが息をひそめていた。油断して中に入ってしまったフランの首を狙って長槍が突き立てられる。その一撃をクレアが身を挺して守り、代わりにクレアの腹が貫かれる。だが、同時にその体は矢を包み込んで変形し巨人の腕になり、長槍の柄をつかむ。

「クレアさんっ‼」

「離れてろっ‼」

 フランがクレアを心配して手を伸ばすが、その心配をはねつけるようにヴァンが大声を上げる。

「あ……そうか――――」

 そもそも、クレアは人ではない。今変形したようにその正体は、形のない血液だ。

「ふふっ……よく見ろフランツェスカ。これが……こんな化け物がっ! お前の仕えるべき本当のご主人様か?」

「っ! 少なくとも、あなたなんかよりマシよ」

「その首についている首輪はなんだっ‼ その奴隷の枷を取ると、誰が証明したっ‼」

 フランは言い返そうと口を開いたが、のどに何かが詰まったかのように言葉が音にならなかった。

 確かに確証なんてどこにもない。そもそも奴隷解放なんて夢物語を、フランは心の片隅でただの理想と割り切っていた。ただ、夢に酔っていただけだ。そうしなければ誰も信じることができなくなりそうだったからだ。

「本当に信用していいのかその男を……その、生殺与奪すら主人の自由となる黒の奴隷にしたその男をっ‼」

「……わ、私は――――」

 戸惑うフランに、赤眼の男は嘲笑を漏らす。

「テメェ……俺を信用してんのか? フッ冗談だろ?」

「え?」

「最初っから、テメェの信用なんて俺は求めてねーよ。疑いを持ったらテメェの思う通りに疑え。テメェは……もう誰の言葉にも従わねーんじゃなかったのかよ」

 その言葉に、ハッとして目を丸くする。

「信用なんてもんは、求めるもんでも、与えるもんでも、ましてや従えて奪うものでもねー。あとから勝手についてくるもんだ。……ジルート、テメェには一生わからねぇ理屈だろうがな」

「ああ、わからないねっ! 論理的でもなく、根拠も皆無っ‼ そんなものなどっ‼」

 ジルートは、クレアの腕を振りほどき、バックステップで距離を取る。長槍を低く構えて獲物を刈る獅子が如くギラついた牙を見せつける。

「……クレア、行くぞ」

「うんっ‼」

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